『振戦、無動、筋固縮、姿勢反射障害はパーキンソン病の四大症候といわれそれぞれ互いに独立な障害と考えられている。したがってこのうちいくつの症候があればパーキンソンニズムといってよいかが問題になる。この点にははっきりした定義がないが、上記四つの症候のうち、いずれか二つがあればパーキンソンニズムといってよい症状である。パーキンソンニズムのなかで、特発性パーキンソンニズム、すなわちパーキンソン病が大多数を占める。特発性以外のものは症候性パーキンソンニズムであり、病因には多種のものがある。またパーキンソン病以外の変性疾患においてパーキンソンニズムを呈するものは、連合性パーキンソンニズムとよばれている。』
1. 症候性パーキンソンニズム
1) 脳血管障害性パーキンソンニズム
線条体や淡蒼球などに血管障害性病変が起こり、その病変の大きさとは無関係に、のちにパーキンソンニズムを呈してくる高齢者が多く、臨床的に脳血管障害性パーキンソンニズムとよばれている。60~70歳以後の発症が多く、振戦は少ない。L-dopaの効果は不良である。
2) 薬物性パーキンソンニズム
1950年代頃から、精神病の治療として、レセルピン、クロプロマジン、ハロペリドールなどが相次いで登場したが、比較的早い頃から、これらの薬物投与中の患者に複雑かつ多様な錐体路症状が生じることが知られていた。その頻度は向精神薬投与患者の40~50%とされ、かなりな率に上がる。さらにその中の約1/2はパーキンソンニズムを呈するものであり、これを薬物性パーキンソンニズムとよぶ。通常投薬開始後数週間から数ヶ月して発症してくることが多いが、これには個人差が大きく、早い人では1~2週間後に発症することもある。頻度は低いが降圧薬としてレセルピンを投与されている高血圧患者にも発症することがあり、注意を要する。完成した臨床症状はいわゆるパーキンソン病と本質的に変わるところがないが、異常発汗など自律神経症状が比較的強いこと、ときに眼球回転発作をみること、などの特徴ということができる。とくに眼球回転発作は脳炎後パーキンソンニズムとこの薬物性錐体外路障害以外ではほとんど認めないことから、その診断的価値が高い。治療は、原因となっている向精神薬を減量ないしは中止することが原則であるが、原疾患から考えてそれが容易でない場合もある。同様効果をもつ他の薬物に変更も減量を困難な場合には例えばtrihexyphenidyl 6~10mg/日程度から漸増療法を試みる。なおこの薬物性パーキンソンニズムは通常の薬物中毒の場合とことなり、理由は不明ながら原因薬物の投与を継続していても1~2ヶ月のうちに自然に軽快する場合がある。抗パーキンソン病薬の併用を中止してもパーキンソンニズムが再発してくるものは約1/4しかないとする統計もある。したがって、抗パーキンソン病薬の併用はおおよそ1ヶ月を目途に減量または中止して経過をみることが勧められている
3) 脳炎後パーキンソンニズム
1915年から数年にわたって欧州に発し世界中に広がったvon Economo嗜眠性脳炎に罹患後、その後遺症として生じたものが脳炎後パーキンソンニズムである。臨床症状はいわゆるパーキンソン病と本質的には区別できないが、パーキンソン病に比して自律神経症状、例えば発刊過多、流涎過多、瞳孔異常の頻度やその程度が高い。また、有痛性の眼球回転発作は、脳炎後パーキンソンに特徴的である。病理学的には、パーキンソン病と同様に黒質のメラニン含有細胞の脱落・変性を認めるが、その程度は通常きわめて高度である。しかし、顕微鏡的にはパーキンソン病と異なり、Alzheimer原線維変化が黒質、脳幹神経核、視床下部などに著明に出現している。
このような脳炎後パーキンソンニズムは1930年以降脳炎が自然消滅したのに並行して新たな発症は激減し、消失した。しかし、日本脳炎など他の脳炎後にもvon Economo脳炎のそれに比して程度はきわめて軽く、自律神経症状や振戦などは少ないが、パーキンソンニズムを呈する症例があることが認められている。
2.連合性パーキンソンニズム
1) オリーブ橋小脳萎縮症
1900年にDejerineとThomasが1剖検例とともに報告した。40~50歳代に小脳性運動失調で発病する脊髄小脳変性症の一型である。臨床的には錐体外路症状や自律神経症状をともなうことが多い。病理学的には、小脳皮質全層の変性、中小脳脚の萎縮などのほか、線条体黒質変性とシャイ・ドレーガー症候群同様の黒質変性や脊髄病変を伴う。
2) 線条体黒質変性症
1961~1964年のAdamsらにより疾患単位として報告された。臨床的には50~60歳代に発症するパーキンソン病あるいはパーキンソンニズムと診断される。病理的にはパーキンソン病におけると同様の黒質メラニン含有細胞の著明な脱落・変性とともに、パーキンソン病では消してみることのない線条体の著しい萎縮、神経細胞変性、褐色色素沈着を呈する特異的な病態である。臨床的に通常のパーキンソン病と比べると、振戦を欠く症例、錐体路徴候を呈する症例、両下肢から発症する症例、自律神経症状、とくに膀胱直腸障害を呈する症例が多い、レボドパの効果がないかあっても一過性である、などの違いがあるが臨床症状のみからパーキンソン病とがく然と区別できるものではない。
臨床的に本症例が疑われ、剖検で確認されるものが多いが、ほとんどの症例でオリーブ橋小脳萎縮症の病変と同時に存在する。その場合MRIなど脳画像にて橋および小脳の明らかな萎縮が認められることが多く、臨床的に本症の存在を強く疑うことができる。しかしこの場合も小脳症状を認めることはむしろ例外的である。
3) シャイ・ドレーガー症候群
1960年にシャイとドレーガーにより起立性低血圧、尿屎失禁、発汗減少、陰萎、瞳孔異常など自律神経症候にて発症し、それに比較的軽度のパーキンソンニズム、小脳性運動失調などが加わった成人の進行性変性疾患として報告されたものである。剖検にて、自律神経症状の責任病巣として脊髄中間外側核お神経細胞の変性・脱落を指摘した点は高く評価されるが、ほとんどすべての症例がオリーブ橋小脳萎縮病変あるいは線条体黒質変性病変を有していることがわかった。
自律神経症候が初発ないし比較的初期から発現し、しかも前景に立つ場合に限って臨床的にMSAの中のシャイ・ドレーガー症候群とよぶ。
4) 進行性核上性麻痺
1963年、Richardsonの臨床観察とOlsezwski、Steeleの病理観察により、一疾患単位として確立した50~70歳代発症の特異な進行性変性疾患である。臨床的には、体感を中心とする無動や筋固縮があり、振戦はまれではあるがパーキンソンニズムを呈する。しかしながら、本症はむしろ核上性眼球運動障害、とくに垂直方向の眼球運動制限、頸の過後屈を呈する体幹ジストニーにより特徴づけられる。そのほかには偽性球麻痺、痴呆なども存在する。通常は散発例である。
このような完成した病像を見た場合にはパーキンソン病と明らかに鑑別できるが、病初期には、単に転びやすい、視力が低下した、忘れっぽいなどの局在不定の症状が2~3年続くことが多く、その時期での診断は困難である。病理学的には、中脳から橋にかけての被蓋部の強い萎縮が特徴的であり、生前脳X線CTにて確認できることも少なくない。さらに小脳歯状核、黒質に肉眼的にも明らかな変性がある。顕微鏡てきには、視床下部、淡蒼球、黒質、小脳歯状核、上丘、中脳水道周囲灰白質などの脳幹の神経細胞体内に神経原線維変化を広汎に認めることが特徴である。