狭心症について

狭心症の臨床像

<概念>

 心筋の代謝に必要な十分量の血液が供給されず、心筋が一過性に虚血に陥るために生じる胸部症状を主症状とする臨床症候群である。正常では心筋の酸素需要量と冠血流の需要供給関係は筋鉤に保たれているが、ひとたび酸素需給に不均衡が生じると狭心発作が発現することになる。この不均衡の発現機序として次の二点が考えられる。一つ目は冠動脈の一部に器質的な狭窄がすでに存在し(冠予備の低下)、労作等による酸素需要の増大に酸素供給が対応できない場合(労作性狭心症)。もう一つは太い冠動脈の機能的狭窄すなわち冠攣縮(スパズム)による一過性の冠血流の減少による場合(安静狭心症)である。いずれの原因または両者の合併にせよ狭心症は酸素需要供給の不均衡により招来され、自覚症状としての狭心痛、心電図上の虚血性変化とよばれるSTの上昇、下降、乳酸代謝異常をはじめとする心筋代謝障害、不整脈、壁運動異常などの心室機能不全が出現する。

<病型>

 狭心症の分類は、発現機序から労作性狭心症と安静狭心症に分けられる。また、病状の推移から安定狭心症か不安定狭心症かに分けられる。しかし、発現機序、不安定狭心症の予後、冠攣縮性狭心症の寛解再燃の機序、狭心症から心筋梗塞への進展の機序など未だ不明な点が多く。狭心症の病態分類じゃいまだ存在していない。

<診断の進め方>

 狭心症の正確な診断の鍵は初診時の問診にあるといっても過言ではない。症状は胸部、胸骨の奥にもっとも多く出現するが、狭心痛は一種の臓器痛であり関連痛として出現する場合もあるので複雑多彩である。冷汗、幻暈、息苦しさ、呼吸困難なども重症度を表す指標であるので必ず聞く。安静で症状が消失するか、持続時間はどうか、亜硝酸薬の服用の経験があればその効果も重要である。さらに、労作性狭心症であれば発作発現閾値はどの程度か(例えば100m歩行など)、発作発現閾値に再現性はあるのかどうか、安静狭心症が疑わしければ出現する時間帯、夜間睡眠中、早朝に多いかを聞いておく。

<治療方針>

■安定労作性狭心症

  安定労作性狭心症の治療の第一は日常生活での発作出現の予防であるが、同時に長期的な予後の改善も念頭に置かねばならない。多くの労作性狭心症の場合薬物投与により日常生活を支障なく送れるようになる。薬効が十分でなく、日常生活に支障が多い患者では手術の適応となることがある。

■不安定狭心症

  発作時にはnitroglycerinの舌下をおこなう。多くの場合、舌下後5分以内に狭心痛は寛解するが、消失しない場合にはさらに1錠ずつ2~3錠投与する。冠攣縮性狭心症の場合ではCa拮抗薬が有効である。
  一般的にはCa拮抗薬とisosorbide dinitrate(ISDN)の併用がよく用いられ、投薬量、投与回数を加減する。これにnitroglycerinの点滴静注を適宜しようすることによりほとんどの症例では発作の出現を抑えることができ、安定期まで持ち込むことが出来る。その他、血小板凝集抑制薬(aspirin,ticlopidine)や、抗凝固薬(warfarin,heparin)を用い急性冠血栓や血液凝固の生成と拡大を防止する試みもなされている。

 心筋梗塞後の狭心症

  梗塞後狭心症(PIA)とは急性心筋梗塞発症後24時間以降から退院までの期間(平均3.5日)の間に起こる狭心症である。発作は安静時に出現するか、リハビリテーション中の労作や運動負荷検査により誘発され、心電図上虚血性変化を認める心筋逸脱酵素の再上昇がないものである。その合併度は8~46%と高率でその臨床的意義は大きい。

<臨床像>

  PIAは急性心筋梗塞に引き続いて出現するため、その病像はより幅広い臨床像を有する。PIA群では陳旧性心筋梗塞、梗塞前狭心症の既往を持つものが多い。また、非貫壁性梗塞例に多く、CPK最高値は低いが再梗塞を起こしやすく、退院後のcardiac events(心臓死+再梗塞)が多く予後が悪い。

<病態生理>

  PIAには梗塞部での虚血と非梗塞部での虚血の二者があり、両者の予後の差異をみると、非梗塞部での虚血の例が梗塞部での虚血例に比べ死亡率ならびに合併症の頻度が高く、1ヶ月以内の死亡が44%、40ヶ月以内で72%の死亡率に達している。

<治療方針>

  発作時にはnitroglycerinやISDNなどの亜硝酸薬やCa拮抗薬の舌下投与を行い、効果不十分であれば亜硝酸薬の静注を行う。発作が寛解した場合、今後の予防策として強力な薬物療法を行った上、抗凝固療法、抗血小板薬の併用や、血栓溶解療法を行う。
  PIAの原因の一つとして酸素の需給のアンバランスが考えられるが、そのアンバランスの直接的引き金となる要因の有無をチェックし、それらに対する治療も平衡して行うことが重要である。すなわち酸素需要を増大させる因子としては頻脈、高血圧、*Hypermetabolic state(たとえば *hyperthyroidismなど)が挙げられるが、これらに対して適切な治療(ジギタリス、Ca拮抗薬、β斜断薬、抗不整脈薬など)を施すことで発作のコントロールが可能である。
  * Hypermetabolic state … 代謝亢進状態
   Hyperthyroidism … 甲状腺機能亢進症

 異型狭心症と冠攣縮性狭心症

  通常の労作性狭心症と異なり、安静時にのみおこり、かつ発作時にST上昇を示す狭心症を異型狭心症としている。その本態は、心臓の外膜側を走行する太い冠動脈の一過性の機能的閉塞であることが確認され、これを攣縮とよぶ。その発生機序は明らかになっていないが、この冠動脈攣縮が異型狭心症のみならず、他の型の虚血性心臓病の発症に占める役割が注目されている。

<定義>

  高度な器質的狭窄がない冠動脈に一過性に完全に、または亜完全閉塞を発生し、心電図で虚血性ST変化を伴うものとされる。

<診断>

  自然発作あるいは誘発による発作時の心電図を記録することになるが、最終的には冠動脈造影法によって攣縮を確認することで診断される。所見としては安静時狭窄症では発作開始時に心拍数、血圧の上昇がないか、またはごく軽度である。また、Ca拮抗薬によって発作が抑制される。

<治療>

  基本方針は攣縮の出現を予防することが中心となる。発作時には高度房室ブロック、心室頻脈および心室細動などの危険な不整脈を伴うことが多く、また急性心筋梗塞へ進展することも稀ながら認められ、突然死を防ぐ意味からも発作時の治療にもましてその予防が肝要である。そのためには発作の時間帯、持続時間、誘発及び前兆などをよく聞きだし、処方計画を練ることになる。

 ■薬物治療

  ①発作時の治療

   発作時にはnitroglycerinが著効する。1錠(0.3mg)を舌下投与すると、通常1~2分で効果が現れる。4~5分経過しても効果がない場合には、さらに1錠追加する。舌下投与の時期が早いほど発作は軽症で済むので、発作の前兆が明らかな症例ではその時点で舌下するように指導する。本薬剤の服用で、時に著しい低血圧のため幻暈などをきたす症例があるので、できれば坐位または横臥位で撮るように指導するとよい。ISDNもnitroglycerinと同様に使用される。Ca拮抗薬の発作に対する急性効果は、通常硝酸薬に劣る。しかし硝酸薬によって発作が一時的に治ってもすぐに再発するunstableな症例に対しては、硝酸薬のテープや軟膏に加えてCa拮抗薬及びnicorandiの投与を追加するとよい。

  ②発作の予防

   本症の発作は通常明け方から朝にかけて多いので、その時間帯に薬剤効果が十分現れるように配慮する。飲酒によって誘発される攣縮が知られているが、通常アルコールの醒め際に発作が生じるなどである。硝酸薬は発作に対する急性効果は卓越したものであるが、予防効果は持続性硝酸薬といえども十分ではない。この目的にはCa拮抗薬が著効を呈する。 

 抗狭心症薬

 ■亜硝酸薬

 亜硝酸薬の作用機序は今日でも議論の多いところであるが、一般に冠動脈拡張、側副血行路の改善、前負荷および前負荷軽減を通じて発揮されるといわれ、狭心症発作軽減および抑止効果はきわめて大きい。通常nitroglycerinまたはISDNの亜硝酸薬が舌下にて投与される。狭心症発作をとめるはやさでは前者が優位であるが、揮発性に富むためほかんには十分注意しなくてはならない。舌下時に舌に刺激を感じなければ新しいものに変更する必要がある。Nitroglycerinは強い血管拡張作用があるため、一度に大量を舌下すると血管が虚脱し著名な血圧低下を起こす。よってnitroglycerinは一度に2錠までとし、それでも胸痛が軽快しない場合には再診を勧めるべきである。

■Ca拮抗薬

   Ca拮抗薬の狭心症に対する作用は主に心筋への酸素供給の増加と心筋の酸素需要の減少である。心筋への酸素供給の増加は主に冠動脈の攣縮を緩和し、冠動脈細動脈を拡張することによりもたらされる。冠動脈攣縮に対する予防効果は劇的であり、冠動脈攣縮を本体とする異型狭心症に対し著効を示しnifedipine20~40mg/日で十分発作を抑止することが出来ることが多い。アダラートは液状のnifedipineをカプセル封入してあるのでカプセルをつぶすことで舌下投与が可能である。本剤のよい適応になる異型狭心症等の冠攣縮性狭心症は、夜間から明け方に発作が起こることが多く眠前投与では発作を予防できないことがある。このような場合作用に関の長いヘルペッサーやアダラートLの眠前投与が効果的である。
   Ca拮抗薬の副作用として頭痛があるほか、消火器症状も亜硝酸薬よりも強く、稀に薬疹を生ずる場合もある。

 ■β遮断薬

   β遮断薬の抗狭心作用は主に心臓に対する陰性変力、変時作用により心筋酸素需要を抑えることによると考えられる。狭心症には、β遮断薬が第1選択薬になることはなく、亜硝酸薬との併用で使用されることが多い。労作性狭心症で頚脈性の高血圧を合併しているような例に効果的である。従って両者の薬理作用を併せ持つnipradilol(ハイパジール)が最近開発されている。
   β遮断薬は、抗感心デイのβ受容体を遮断するため気管支喘息、心不全、徐脈例には使用しづらい。このような症例に対してβ1選択性(心臓選択性)、内因性交感神経刺激作用んど理論的には魅力的な作用をもつ薬剤もあるが、実際には使用しがたく、他の抗狭心症薬で十分に間に合うことが多い。本剤は、冠攣縮を本体とする狭心症例においては症状を悪化することがあり、長期間の使用にあたっては、糖代謝や脂質代謝異常を惹起することがあるので注意を要する。

<狭心症の分類からみた治療薬剤の選択>

 ■労作性狭心症

   狭心痛発作時には通常亜硝酸薬(nitroglycerin)の舌下投与が用いられる。労作性狭心症においては、一定の労作で狭心痛が生じるので予め舌下しておいてから労作を行う方法もある。安静狭心症においてはCa拮抗薬が主役を占めるのに対し、労作性狭心症では亜硝酸薬、β遮断薬を使用することが多い。しかし、狭心痛発作が軽労作で生じる場合や、労作兼安静狭心症には、Ca拮抗薬の併用がよく行われている。
   軽中症例では亜硝酸薬が第1選択薬になることが多く、ISDN(ニトロール)、molsidomine(モリアール)がよく使用される。中重症例や軽中症例でも高血圧症を合併しているような症例には、β遮断薬、Ca遮断薬が追加投与されている。
 
 ■安静狭心症

   安静狭心症の病態は、冠攣縮がその本体であることが多くCa拮抗薬が発作予防に著効を示す。特に異型狭心症で冠狭窄度の軽微なものでは、Ca拮抗薬のみで発作を予防しうる。発作出現時にはnitroglycerinが舌下頓用されるが、労作性狭心症のように安静のみで胸痛が軽快することがないので、胸痛出現時には必ずnitroglycerinを使用し、軽快しないような場合にはアダラートの舌下を追加使用するなどして発作を消退させる必要があると指導するべきである。

 ■不安定狭心症

   不安定狭心症は急性心筋梗塞への移行率が高いことから、治療に際してはできるだけ早急にCCUに収容し治療を開始する必要がある。