コンビニ人間を読んでみました!
ブログを初めて2日目、今日は昨日読み終わった作品である「コンビニ人間」という作品について書きたいと思う。
この作品は、もともとインスタグラムで紹介している方も多かったので作品名は知っていて、題名がかなり印象的で好きだったため、書店で見つけてすぐに購入した📕
この作品を読み終わった後のざっくりした感想としては、まずかなり怖いなと感じた。
それは淡白な接客や機械的な仕組みなどの性質から生み出される、コンビニの合理性を追求した側面が主人公の合理主義的な考え方とマッチすることで、主人公がコンビニ定員としてコンビニというシステムに狂気的に飲み込まれていく様子がとてもリアルだったからだと思う。
この主人公は、コンビニ勤務を始めることで、コンビニで行われている時間的拘束を伴った作業が身体から抜けなくなり、全てがコンビニ勤務のために回る生活を送るコンビニ人間へと変貌を遂げていく。特に、人間として飢えて死ぬことには我慢できるけど、コンビニ勤務を中心として生活を送ることを断つ、いわば「コンビニ人間としての死」を選ぶことはできないという主人公の決断には、少し恐怖を覚えた。でも、武士とか漫画の主人公が王様や仲間の身代わりになって死ぬのはまあありがちだよな〜、なんでこんなに怖く感じるんだろうなと思ってもいた。しかし、よくよく考えたら、それは人の間にある情や自分自身の正義感のようなものがあって初めて生まれる行動であって、主人公のこのような人工物に対する考え方は、薬物に犯されているようなことなんだろうなと考えたらある程度自分が感じた恐怖の原因も明らかになったような気がした。
この話の主な論点とは少しずれるかもしれないが、『制服を着ることでコンビニ定員としての自分が誕生し、コンビニという合理的機関の中にある一定法則に従って部品として働くことになる。この一定法則に従えない人間はコンビニという機関から排除される』というような内容があった。それを踏まえて、じゃあ、自分が高校や中学に通っていた時そのような考え方を持っていたかなというようなことを考えた。でも、英作文でよくある「制服反対派?それとも賛成派?」というような議題について文章を書くときでも、正直私服の方が楽だから私服派かなーってことで私服はを選んでいたくらいだし、やっぱり制服についての役割について何て特に何も考えていなかった。しかし、今考えてみると学校にも校則という一定法則が存在し、制服を着ることでその学校の一生徒として誕生して、日々生活を送ってたことから、中高時代の自分をコンビニ人間ならぬ学校人間として見ることもできる気がする。そう考えるとなんかちょっと怖い気がする。
でも、この話を通して、自分はコンビニ人間として生きるしかないという明確な自分の中の正解を見つけられた主人公を羨ましく感じる部分もあったし、どんな考え方が正解とかはないなと思いました。
だらだらと、すみません。コンビニ人間とにかくおすすめです笑
それでは、また明日〜!
