さよならのつづき!

 父が亡くなった日からもう少しで一週間が経とうとしています。

 

 2023年6月7日(水)がお通夜で8日(木)が告別式になりました。

 

 亡くなったのは3日(土)の23時39分でしたが、友引を避け葬儀場や住職さんの予定、火葬場の予定も合わせていくとこの日取りが最短でした。

 

 葬儀までの3日間、僕たち兄弟(妹)はたくさん父のことを話しました。

 

 こんなに話したのは何年ぶりだろう?

 大人になるとそれぞれ忙しいを理由に話すことが少なくなっていくものです。

 

 葬儀の事で言うと祭壇の大きさとか、返礼品についてとか、お花をどうするとか!

 あと、戒名をどうするかなんてことも話しました。

 

 祭壇は幅によって値段が変わるらしく、理由は花の使用量が増えることが主なところらしいです。

 あまり小さくても質素なものになってしまうのですが、祭壇の幅はあえて少し短くしてみんなでお花をだすことにしました。

 実際、式では祭壇の周りにずらっとお花が並びすごく綺麗な花の中に父の遺影がありました。

 父はみんなに慕われていたんだなと感じました。

 

 返礼品については多めに用意することにしました。

 通夜振る舞いを食べて帰る形ではなく返礼品の中から食べ物を選び、持ち帰ってもらうことにしました。参列の人数が予測できないときにはこのかたちでやるのがいいと思います。

 

 戒名については祖父の時に居士という位をつけてもらっていたので同じ位に合わせてつけてもらいました。

 

 葬儀で戒名の文字1字ずつの意味を住職さんが話してくれて、まさに父のことを表している戒名だなって思いました。

 

 告別式の日の朝、父の部屋を覗いてここでいろんな事話したよな。相談とかたくさんしたなって思い出しながら棺に入れてあげるものをまとめました。

 

 なんか思っていたより冷静で大丈夫そうだって最初は思っていたんだけど、喪主の挨拶の言葉に「さいご」って言葉があってもう本当に最期なんだなって実感してしまうと涙がとまらなくなりました。泣きながら最期の挨拶をしていました。

 

 火葬される前最期に顔を見てその後、棺が見えなくなる瞬間の寂しさは何とも言えないものでした。

 

 父の骨はとても大きく壺に入り切るのか心配になるほどでしたが途中骨を崩しながらしっかり収めてもらいました。

 

 そして葬儀が終わりやっと父が自分の部屋に帰って来ることができました。

 父が寝ていたベットをどかして場所を空けておいたのでいつもの場所に四十九日までは居てもらいたいと思います。

 

 今回、喪主をさせてもらって感じたのが家族の絆。

 父はきょうだい仲良くな!って言い残しています。

 まさにみんなで協力して父の最期を乗り越えた!

 この姿を父は思い描いていたのかなって気がします。