今年最後
今年は皆さまありがとうございました。来年も宜しくお願い致します。
最後のエントリーはなににしようかと思いましたが、単純にJ-POPということで。
個人的なベストスリーです。
1位「願う以上のこと 祈る以上のこと」KinKi Kids
2位「ぶーしゃかLOOP」岡村靖幸
3位「PONPONPON」きゃりーぱみゅぱみゅ
2位、3位は結構無難なところだと思います。
Kinkiはそのメロディと題名に妙にひかれたところがあります。
願うこと、祈ること、それ以上のこと。制度的なもの、もっと言えば文明的以前のようなその志向性にひかれた・・・そんなところが大きいでしょうか。
最後のエントリーはなににしようかと思いましたが、単純にJ-POPということで。
個人的なベストスリーです。
1位「願う以上のこと 祈る以上のこと」KinKi Kids
2位「ぶーしゃかLOOP」岡村靖幸
3位「PONPONPON」きゃりーぱみゅぱみゅ
2位、3位は結構無難なところだと思います。
Kinkiはそのメロディと題名に妙にひかれたところがあります。
願うこと、祈ること、それ以上のこと。制度的なもの、もっと言えば文明的以前のようなその志向性にひかれた・・・そんなところが大きいでしょうか。
蛍の光
「ライ麦畑でつかまえて」
末尾の語りからすると、この小説は主人公ホールデン・コールフィールドが精神病院での入院患者の語りになります。
社会の外から敷衍した語りということになります。
そして言葉は社会でのスラングを使っています。
そういう意味では、徹底的に社会的存在でありつつ、一時入院にしているということで社会の外からの語りかけを読者に呼びかけてきます。
しかしながら、ホールデン・コールフィールドは、その語りかけの中で、異常な程社会の外に感応しています。それは、ほとんど宗教的なまでに「社会の外」を信じ、意味の顕現、最後の救済を信じていたのでは、なかろうか。
語りかけには、言語が必要になります。言語が世界を形成することになる。フレデリック・ジェイムソンの言う「言語の牢獄」にいることになります。
過剰な語りは、はたして何であろう。
この小説は、冥王代のような鉱物的世界。生と死を繰り返すこと。自己肯定と自己否定を繰り返す運動、衝動のようでもあります。
そのふと感じる虚無感が繰り返し読み継がれる名作なのではないでしょうか。
末尾の語りからすると、この小説は主人公ホールデン・コールフィールドが精神病院での入院患者の語りになります。
社会の外から敷衍した語りということになります。
そして言葉は社会でのスラングを使っています。
そういう意味では、徹底的に社会的存在でありつつ、一時入院にしているということで社会の外からの語りかけを読者に呼びかけてきます。
しかしながら、ホールデン・コールフィールドは、その語りかけの中で、異常な程社会の外に感応しています。それは、ほとんど宗教的なまでに「社会の外」を信じ、意味の顕現、最後の救済を信じていたのでは、なかろうか。
語りかけには、言語が必要になります。言語が世界を形成することになる。フレデリック・ジェイムソンの言う「言語の牢獄」にいることになります。
過剰な語りは、はたして何であろう。
この小説は、冥王代のような鉱物的世界。生と死を繰り返すこと。自己肯定と自己否定を繰り返す運動、衝動のようでもあります。
そのふと感じる虚無感が繰り返し読み継がれる名作なのではないでしょうか。
AKIHABARA
存在が意識を決定する。
たとえば、性善説がありますが、上記の言葉からは、それは無効になってしまいます。
性悪説も然り。しょせん、環境が人生を左右するのではないか。強固な善良な意志を持とうとも、善良な市民になることは、言葉遊びに過ぎないのではないか。
秋葉原事件のことを思いながら、ふと思い出す。
観光客、イベントetc。秋葉原は観光街でもあり、ビジネス街も近いです。
喧騒にいると、あの大惨事がここで起こったのかと全く忘れてしまいます。
ところで、加藤被告は、「ギルド」という曲を愛聴していたことが犯行以前の日記を読むと窺えます。ギルドとは、これまた象徴的な曲をチョイスしていたのだなとの印象です。実際のギルドのシステムは、単純に言うと、相互扶助。加藤被告がいた世界とは、だいぶかけ離れています。個人個人が社会を生きていくには、さまざまなリスクがあります。ギルドはそれをヘッジしてくれる機能集団でもあります。正確には職能集団ということになりますが。
こういうギルド、もっと拡大解釈してたとえば友達のネットワークでも良いですが、消滅することによって、奇しくも起こったのではないだろうか。
裁判制度がある、あるいは法治国家である日本である以上、個人が事件の責任を負うことは当然のことです。しかしながら、それ以上に、この社会の中で事件が起きるという最も重要な事実も忘れてはいけないことだと思うのです。
TPPの問題、人権擁護法案の問題などと絡めながら、秋葉原事件について、もっと勉強していこうと思うのでした。それは米国で起きた格差デモと心の中でふとリンクしたからです。そして、それは確実に日本で大規模に起きる可能性はないとは言い切れないと感じるからです。
人権擁護法案は、かなり専門的に調べてきていたので、僕に余裕があれば、エントリー記事にしていきたいと思っています。できれば、人権擁護法案関連の関係者の方に会って、どこかのストリーミングサイトで、したいとも思っていますが、関係者の方に会うのも特に問題がないのですが、単純に僕自身の腰が重いという怠惰な理由が・・・。
たとえば、性善説がありますが、上記の言葉からは、それは無効になってしまいます。
性悪説も然り。しょせん、環境が人生を左右するのではないか。強固な善良な意志を持とうとも、善良な市民になることは、言葉遊びに過ぎないのではないか。
秋葉原事件のことを思いながら、ふと思い出す。
観光客、イベントetc。秋葉原は観光街でもあり、ビジネス街も近いです。
喧騒にいると、あの大惨事がここで起こったのかと全く忘れてしまいます。
ところで、加藤被告は、「ギルド」という曲を愛聴していたことが犯行以前の日記を読むと窺えます。ギルドとは、これまた象徴的な曲をチョイスしていたのだなとの印象です。実際のギルドのシステムは、単純に言うと、相互扶助。加藤被告がいた世界とは、だいぶかけ離れています。個人個人が社会を生きていくには、さまざまなリスクがあります。ギルドはそれをヘッジしてくれる機能集団でもあります。正確には職能集団ということになりますが。
こういうギルド、もっと拡大解釈してたとえば友達のネットワークでも良いですが、消滅することによって、奇しくも起こったのではないだろうか。
裁判制度がある、あるいは法治国家である日本である以上、個人が事件の責任を負うことは当然のことです。しかしながら、それ以上に、この社会の中で事件が起きるという最も重要な事実も忘れてはいけないことだと思うのです。
TPPの問題、人権擁護法案の問題などと絡めながら、秋葉原事件について、もっと勉強していこうと思うのでした。それは米国で起きた格差デモと心の中でふとリンクしたからです。そして、それは確実に日本で大規模に起きる可能性はないとは言い切れないと感じるからです。
人権擁護法案は、かなり専門的に調べてきていたので、僕に余裕があれば、エントリー記事にしていきたいと思っています。できれば、人権擁護法案関連の関係者の方に会って、どこかのストリーミングサイトで、したいとも思っていますが、関係者の方に会うのも特に問題がないのですが、単純に僕自身の腰が重いという怠惰な理由が・・・。
