Ryu's cafe

2年前の年末ジャンボで高額当選しました。

そこから始まったボクの第2ステージ。

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辛すぎる現実は唐突に

はじめましてリュウです。

ダラっとした雰囲気で書きます。


今までの経緯とかモロモロです。



<悲しい報告>

3年前の真冬の夜中にボクのケータイが鳴った。普段はバイブなのに、その時は何故だか着信音だった。着信番号は見知らぬ地域の番号。ボクはベッドの中で電話に出た。落ち着いた声調の女性に、何度も本人確認をされる。両親の旅行先からの電話だった。宿泊していたホテル近くの病院からだった。ボクは頭をフル回転させて電話を握り締める。耳を疑うコトバの連続に、アタマとココロが混乱する。ただただ驚いた。



<現実を受け入れる覚悟>

婦長サンの話しの内容を要約すると、旅先で借りたレンタカーで単独事故を起こしたらしい。即死に近い状態で病院に搬送。なすすべなく遺留品を確認。そしてボクに連絡。出来るだけ早く来て欲しいと言われた。ボクは部屋の電気をつけ、病院名・住所・電話番号とかをメモする。不思議とスッカリ冷静だった。意外とスンナリ受け入れられた。そして、朝一番の飛行機で向かうと伝え電話を切った。



<悔いても戻らない日々>

ボクは苦いコーヒーを淹れてタバコに火をつけた。ボンヤリ外を見ていた。両親とは別居していて、殆ど連絡を取らない日々だった。たった一人の息子だったのに。ボクは大学を卒業して、一人暮らしを始めていた。実家から30分の距離だったが、両親を招待したことは一度も無かった。そして、顔をあわせるのも年に数回程度。最後に会ったのは5ヶ月前。おふくろのカレーは最高に美味しかった。タップリの豚肉とゴロゴロした野菜。本当に美味しかった。結局、親孝行なんて出来なかった。



<形式的な事柄ばかり>

病院に到着すると、面会もそこそこに事務的な説明が待っていた。悲しんだり泣いたりする余裕なんて、ボクには許されなかった。滞り無く穏便に俊敏に。そんな駆け足な状態。ボク自身も、とにかく早く終わらせたいと思っていた。両親を自宅に戻すことを希望した。そして荷物のように運ばれた。仕方ないことだけど、完全にモノの扱いとなった。早く自宅に帰らせたかった。そしてボクも東京に戻った。



<葬式とかイロイロ>

両親の親族は皆無に近い状態だったので、父の会社と母のパート先だけに連絡を入れた。役所に問い合わせて、一番簡単なカタチでの葬式を済ませた。保険・銀行・税金など、分からないなりに何とか片付けた。必死に進めて、必死に片付けた。何もかもが大変だった。たった一人で終わらせた。こんなカタチだけど、コレがボクの精一杯の親孝行。両親に感謝してるから頑張れた。そしてボクは家族を失った。ひとりぼっちになった。でも、悲しくなかった。でも、涙が流れた。