言葉も含め、韓国についてはある程度分かったつもりでいましたが
今回板門店ツアーに参加し、韓国について再度考えさせられるいい機会になりました。
多くの参加者(大部分が日本人)がバスを待ちます。
移動中はガイドさんより板門店はもちろん、韓国、韓国の歴史について多くの話しを聞く事ができました。
大韓民国と北朝鮮との間で戦われ朝鮮半島全域にわたり激戦(1950年6.25~1953年7.27休戦)
朝鮮戦争休戦協定に伴い設置された南北軍事境界線にある一定の地域(建物)
南北朝鮮の唯一の接点とし、北側(北朝鮮)南側(国連)の兵士が監視を行なっている。
南北の共同警備区域(JSA)ともいう。
朝鮮戦争休戦協定に伴い設置された南北軍事境界線より南北2キロに及ぶ非武装地帯。
韓国従軍記者追悼碑。18名の記者の追悼碑。
ソウルから北西50キロ離れた所、毎年失郷民の痛みを慰労し、統一を祈る記念祭も行なわれる。
いつの日か平和的統一が成されますように。。。
自由の橋。
休戦締結後、戦争捕虜約13,000人がこの橋を通って南へ帰ってくる時
「自由万歳」と叫んだことから自由の橋と呼ばれている。
ふさがれた橋の入り口には、統一を願う多くの声が。
(写真右)南・北統一を成し遂げよう!
64カ国84ヶ所の戦場から送られてきた石。写真は広島。
これ以上1つでも増えることのないように。。。
まずはキャンプ・ボニファス到着(国連軍司令部支援隊・共同警備区域の為の駐屯基地)
基地入り口にて、パスポートチェック。ここからは写真撮影も制限があります。
これにより国連が招待した客として迎えられます。
手荷物は持てません。ポシェットも禁止です。
雨が降っても傘はさす事ができないそうです。(傘が武器とみなされる為)
指を指したり、手を振る行為等は絶対に禁止と何度も注意を受けました。
南側兵士4名が監視をしています。
今までテレビで何度か見た事のある景色が目の前にありました。
写真②同じく、マイクをはさんで左側が韓国・右側が北朝鮮なのです。
本会議場を挟んで南北兵士がお互い監視している空気はとても重く、ピリピリとした緊迫感が有り
休戦状態を物語っていました。
何と言えばいいのか、自分が戦地にいるような。。。
「帰らざる橋」
1953年の朝鮮戦争停戦後、捕虜たちがこの橋上で南北いずれかの方向を選択すると
二度と帰ってくる事が出来ないことからこのように呼ばれるようになった。
南北分断の象徴ともなっている。
帰りの移動中のバスガイドさんの話も心に残るものがありました。
本当にいろいろと考えさせられる機会になりました。
同時に、韓国に興味を持ち語学を勉強してきたものの、韓国の現実について
あまりにも何も知らなかった自分が恥ずかしく、情けなくも感じました。
そして再度、平和の大切さ、ありふれた日常の幸せを感じる機会にもなりました。
この機に南北問題にも関心を持ち、もっともっと深く韓国を理解していきたいと思いました。
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