雨ノチ晴レルヤ!

雨ノチ晴レルヤ!

HIV+の相方を持つ男性ゲイです。

ゲイカップルの日常、相方のHIVのこと。 そんな悠之介のブログです。
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お久しぶりです。
約2年ぶりの投稿です。
過去のブログを消しているので、皆さんにどこまで話したか、よく覚えていません。

相方がHIVになりました。
一緒に生きて行くことを決めました。
薬が合わず大変でした。
それでも薬を変えて、なんとか乗り切りました。

私は同時期に転職をしました。
相方のHIVが発覚する前に決まっていたことなのです。
私はこれまで、いつも相方に甘えてました。
金銭面も、精神面も。
相方にとって私は旦那様だけど、私は頼りなく、年上妻役の相方がいなければ生きていけませんでした。

「強くなりたい。逞しく。」
相方の病気をきっかけに、私はそう心に決めることが出来た。
仕事を頑張って、収入を安定させたい。
相方が働けなくなったとしても、私が支えられる人で在りたいと。

相方の病気は安定して行きました。
ホントに病気なの?と疑うほど、いつもと変わりなく仕事もできています。
私は仕事を必死で頑張りました。
正直に言うと、大企業に入ることが出来たのですが、雇用形態はアルバイトでした。
35歳でアルバイト。

ただ、それまでの仕事もアルバイトレベルの収入でしたので、収入が低いことは辛くはなかった。
私の狙いはただ一つ。アルバイトから正社員になること。

学歴がなく、やりたいこと優先でやってきた自分に、人生大逆転する唯一の方法と思ってました。

第一の壁はまずアルバイトから契約社員になること。
その先に正社員という目的があった。
とにかく頑張った。

そんな一年後、相方のHIV発覚からも一年後。
今度は相方の肝臓ガンが見つかりました。
HIVの定期健診の数値から見つかった早期発見ではありましたが、HIV患者のがん発生率の高さ、その生存率。
私も少しは勉強していたため、泣き暮れました。
それでも生きてて欲しかったので、頑張ろうね!と前向きに考えていましたが、相方は「もしものために」と、生命保険の受取人の確認とか、申請の出し方とか、家のこと、お金のこと、遺言に残すから安心しろと、いつも残される私を思ってではあるのですが、私にとっては「いつも泣かされる。さみしいこと言う。」と思ってた。
挙句に私の誕生日に手術しなくても。

手術の当日。あの日は長く、一日の終わりも感じられない日だった。
相方と仲のいい母も付き添ってくれたけど、母も同じことを言う。

私は相方とは血縁に無いので、身元引き受け人としてサインは出来ても、病状のこと、術後の結果は教えてもらえないのだ。
病院側も私がパートナーであることは知っていたんだけどね。

「おつらいでしょうが最初にお伝えした通り、言えない決まりとなってます。」

術後、看護師さんが私に言った言葉です。
相方は術後は麻酔で目を覚ますことはなく、ただひたすら汗をかいていました。
母にはカミングアウトはしてないのですが、もう構うもんかと、ただ寄り添い、うちわで風を送ったり、汗を拭ってあげました。

「無事終えましたよ」の一言が聞けたら、私のあの日はちゃんと終えたかもしれません。
話しかけても「うーん…」しか言わない意識朦朧の相方を残し、面会時間終了ということで帰りました。

大丈夫だよね。無事終わったんだよね。
私は夜中まで、母とそういう話をしました。
眠れもしない。
翌日、結局私は一睡も出来なかった。
会社はお休みをもらっていたので、すぐに相方の元へ。

その日、相方は目を覚ましてはいたけど、痛み止めの注入なしには耐えられない状況で辛そうでした。
動かなくても痛い。動いても痛い。食欲は湧かない。食べても美味しくない。トイレも行けないから管が入ってるし、傷口にも管、生々しい血。

その日も術後の結果は聞けなかった。

結局、術後の結果を聞けたのは3日目の夕方だった。
病院側としては相方にしか告げられないので、相方の意識がはっきりするのを待っていたそうだ。
「手術は無事に終わり、摘出も綺麗に出来ました。転移もありませんでしたって言われたよ。」
相方のその言葉を聞いて、あの手術の日から始まった私の1日も、やっとそこで終わった気がした。

相方はツイてる。
術後こそ何日も痛そうで、辛そうでしたが、抗がん剤も服用不要で、HIVの数値もずっと未検出状態。
お腹に大きな傷こそあるが、昔より元気な気がする。
手術の2ヶ月後には、相方がお礼にと、母と私をグアムに連れてってくれた。
海外に行きたがってた私の母の親孝行まで考えてくれてて、私は嬉しかった。

そんな私も相方の病気、がんのおかげで大分強くなった。
転職から丁度2年後には念願の正社員になり、今では係長にまで昇格。今に至ります。

昔の自分を見るとね、今の自分なんて夢のまた夢で。
こんな大きな企業で正社員として働けるなんて思ってもみなかった。
ただ、やっぱりこれまで勉強してこなかったから日々勉強な状態だし、同僚の誰よりも頑張らないとついていけません。
それでも頑張れるし、仕事が忙しいけど楽しいと思えるのは、ここまで自分で頑張って登ってきたという自信が少なからずあるからだと思う。
もうどんなに辛くても辞めないよ。このチャンスを手放したら、もう二度と巡ってこないと思うから。

昔は何にも努力をせずに、なんでもすぐに諦めてた。
それを自分がゲイだからと自己嫌悪したこともある。
普通に生まれてたら。今頃普通に働いて稼いで、嫁と子供がいて…俺が今こんななのはゲイだから。
そんな風に思ってた。ほんの数年前まで。

でも違うんだね。
私がノンケだったとしても、私は私で変わらない。
自分がしっかりしなきゃ、自分で自分のなりたい自分を作らなきゃ、結局性の対象が違うと言うだけで、「ダメ男」という事には変わりはないのだ。

やればできると幼い頃から言われてきたけど、この歳になって初めて頑張った気がする。
普通の幸せは手に入れられないかもしれないけど、普通ではないスペシャルな幸せは私にはある。
今やゲイで良かったのかも…とすら思える。

このブログを始めた頃、今の自分の姿を思い描いてた。
思う自分になれたね…。おめでとう、俺。

もう何もないことを願うけれど、生きてる限り何かある。
それが誰で、それが何かは分からないけど。
この先も生き抜け。
こっから先は何にも考えてない!ってトコまで来たぞ。

さて…次の更新をする時は、どんな自分だろう?