良質なコミュニケーションとは、一方的ではなく双方的なモノである事は、少し考えれば分かる事です。


しかしながら習慣としてそれが「分かってないと同等」である人がとても多かったりします。。。


双方的であると言う事は、

「共有と共鳴」

「発信と呼応」

これをセットで捉えなければならないと言う事です。


仕事においても、例えば上司が何かを発信する。

それが作業的な意味合いでも、ビジョン的な意味合いでもいいのですが、そこに「呼応」が無い場合は当然それでそのコミュニケーションは終わってしまいます。


経験則的に言うと、

「そこで呼応する人が、より共有を深める人」

だったりします。


逆に呼応しない人が口癖のように言うのが

「上司は共有してくれない」

「チームの方向性が分からない」

「聞いてない」

と言う事がかなりの確率で多いです。


作業上の発信もビジョンの発信も、その一発が全てな訳では無かったりします。

「呼応」があるから続きの応酬(議論)が始まり、理解が深まるのだと言う事が良くあります。


①発信⇒②呼応⇒③発信⇒④呼応⇒⑤発信⇒⑥呼応⇒続く、、

これが理解の深まりや共有の深まりであることはすぐに分かります。

コミュニケーションとはそんなもんです。


しかし、①で止めてしまってる事が仕事上でも散見されます。

共鳴する事、呼応する事は響く事。

「響き合う事」が良質なコミュニケーションと言う事でしょう。


鐘を鳴らす努力も必要、そして良い音色で響く努力をする。

これをセットで努力することが、更なる共有の深まりを生むメカニズムなのだと思います。

上司から何か言われてもほったらかし、

ビジョン的な話を聞いても質問したり呼応したりしない、、、


そんな人ほど

「共有してもらってない」

という口癖はないですか??


そんな人は、共鳴と呼応の習慣を付けてみる事から始めてみましょうハロウィン