東大はどうだい? -2ページ目

東大はどうだい?

県立高校生が、調子乗って東大を目指しちゃう日々!!


前述の悔しさ故に、福井に、





「二年の中弛み」





なるものは存在しませんでした。





といっても、授業を真剣に受けるようになり、





文系の一位以外ありえない。




っていう自己暗示をかけだしただけですが…


(実際一位取れたのは数回です←)




二年でも特別なことはやってません。





買った参考書は、

「システム現代文」

「ゴロゴ手帳」

のみ。





実際、システム現代文の理論は、受験では僕の場合は全く使いませんでした。





あっ、二年からZ会を国数英と始めます。





もはや、Z会信者のごとく、学校以外の勉強は、Z会のみ。←





その代わり、学校の勉強は、一切手を抜きませんでした。





このスタイルが結果大きなアドバンテージとなります。





部活は、バスケ部なのにシュートが入らない致命傷ながらも、





「背が高いくせに、 走れる。」





という理由で先輩を差し置きスタメンに抜擢されるも、





自分の技術の無さに苦しみます。




「覚醒」という副題のごとく、模試では成績をぐんぐん上げていき、




秋には、進研模試で全国偏差値89をたたき出します。




一方、東大受験勉強というものを調べるため、




「何をやってましたか?」




と様々な東大生にネットで聞き込みしたが、




「えっ、勉強とかしてない(笑)」

「こんなの聞いてくる時点で落ちたな、乙。」




的なコメントばかりで、




「東大生って顔が見えなきゃ高慢な人が多いんだな。」




と、少々幻滅する一方、




「こんなやつらでも受かるのなら、俺もいけるはずだ。」




と確信。




この二年のクラスでは、僕の東大受験には欠くことのできない、二人の友人ができます。




英語のプリンスO君


歴史の神K君です。




ちなみに僕は、どの教科も中の上って感じで、得意苦手は無かったです。




二人とも、二年の後半から志望を東大に変え、




急成長していきます。





この二人と追い越せ追い抜けが僕も成長させてくれました。





そして、勝負の三年がやってきます。



二年生で言いたいことは、




「中弛まないと相当有利」

「学校の勉強がそのまま受験勉強」

「素直に謙虚に」




↑進路指導の話みたい




※ちなみに僕は、ものすごい勉強法を見つけたとかしてません。

長いです。

勉強法とかは、科目ごと後日書きます。



まず、僕が東大を目指し始めたのは、高①の時です。




ずっと小中高と公立なんで、中学②までは、東大と愛大、豊橋技術科学大学くらいしか大学知らなかった。



志望は、

理科三類(笑)





「えっ、お前文系だろ?」
という質問は少々お待ちを。





理三は確かに若気の至りですが、東京医科歯科は、本気で目指してました。





担任は、色メガネの、リーゼントの体育教師で、見た目超怖いがめちゃいい人です。





成績は、一年最初のテストで100位近くをとり、プライドに火がつき、勉強したため、一年間、10番以内を推移する感じになりました。




うちの学校は、2年から文理が分かれます。





ここで、人生のターニングポイントがきます。





父親の、

「医学部じゃつぶしが効かんぞ。」

発言です。





うちの父親は、地方のお役所勤めですが、

「医者か弁護士」

に子供をしたいという人です。





ていうか、幼稚園くらいから洗脳された(笑)





まぁ予期に反して、

娘は、早稲田→芸能界

息子は、東大文二

となるのですが…





父親の発言で、純粋な少年は文系で書類を出してしまいます。





しかし、提出した次の週から、「医龍」がはじまる訳ですよ(笑)





僕は、外科の権威となり、国境無き医師団をさらに大規模に展開させるのが夢でした。





医龍の影響を受け、担任に理系に変えたいと泣きながら、たのみました。





担任は(僕が一番信頼する人です。)ダメ元で、職員会議やら、校長に頭を下げてくれました。





結果はダメで、文系行きが決まりました。





担任は、

「お前、こうなったら学校休学して医学部を予備校で目指すか、東大行って学校を見返すしかないだろ。」

とふっかけてくれました。




「はい、もう東大行ってやりますよ!」

↑マジ単純





ここから、少年は、勉強を真剣に開始します。





このできごとが、基本的な僕の東大受験のモチベーションになります。





一年の時は、テスト範囲もしれていたので、問題やらを全て丸覚えして、テストにのぞんでました。





受験勉強なんて意識せず、学校の宿題やテストを完璧にこなしてました。





一年の時のクラスは今考えると素晴らしく優秀で、ここから、東大3人、京大2人が出ます(笑)





このときの全国偏差値は、70前後でした。





言いたいことは、

・文理選択は、自分の意志を貫け

です。

やっと帰宅です。





朝は、かなり列の前に並びました(笑)





異常に緊張して吐きそうでした…





テレビインタビューは逃しましたが、





文系の初胴上げはいただきました(´∀`)





カフカ君と行き違いになったのは非常に残念でしたが…





またお会いしたいと思います。





皆さん応援ありがとうございましたm(__)m





せっかくアメブロを通して知り合った訳ですし、





皆で実際に会ってみる企画もしたいと思っています。




興味ある方、何か良い案がある方はメッセ又は、コメいただけると嬉しいです(*^□^*)