グッドフィールト”noジャーナリズム -25ページ目
10月16日、17日は屋島城の発掘調査を聞きに古代山城日韓シンポジウムに参加してきました。屋島城は、663年の白村江(はくすきのえ)の戦いで唐・新羅の連合軍に敗れた大和王権軍が、大陸からの侵攻に備える防衛網の一城として、九州北部から瀬戸内海沿岸部に築いたとされる古城のひとつです。百済の技術者によって設計築城したとされる古墳(幅5・4メートル、奥行き約10メートル)は国内最大級の大きさを誇る。

白村江の戦いは蘇我馬子を暗殺してまでも南朝鮮の支配に拘った天智天皇と百済の扶余豊璋(中臣鎌足?)の利害が一致した結果なのか?私の興味はややこっちぎみ・・・やっぱりそこは考古学見地で歴史を私説で語る展開にはならず・・・あたりまえだが。

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古墳の歴史的背景はひとまず置いてどんな古墳の形状や朝鮮半島古城の類似点の話ばかりです。百済人が設計したと言っているのに形状を説明されても「そらそうだろ」としか思えないw

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城壁の敷石の古墳らしく土壁含めると2mぐらいになるらしい。当時の人は150cmぐらいだからまあ十分か。

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屋島から西瀬戸内海を望む。唐、新羅の軍船がこの方向から現れると想像するw

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最近発見された朝鮮式の城門跡。

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既に石壁は取り除かれて土壁がむき出しになっている模様。

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発見された当時の写真で内側からみた状況。

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女木島(鬼が島)