ホウレンソウ
「常に考える」。廊下、階段、トイレ……。未来工業の本社内で、いたるところに張られている標語だ。総務部の杉原創紀さんは「当社のモットー。ホウレンソウ禁止もこの理念に基づいています」と話す。ホウレンソウ禁止は、1人ひとりが自ら考える自発性を重視したためだという。
上司への報告は必要最小限にとどめる。業務の遂行は自分で考え、自分の判断で進める。必要と判断するなら上司の許可をあおがなくても出張は自由。杉原さんは「すべて相談する義務はない。その前に自分で考えてやってみようということです」と解説する。大枠の指示はあるが、やり方は各人に任す、が基本だ。「物事がスピーディーに進む。何よりも自分の考えが実現する楽しさがある」。
ホウレンソウ禁止からは、さまざまな成果があがった。全国30の営業所設置に加え、家電制御機器製造、水道関連事業、インターネット事業などの新規事業が、社員の発想から生まれていった。
「大阪支店を作ったのは俺(本社)だが、その大阪支店は勝手に高松営業所を作り、その高松営業所は勝手に松山営業所を作った。(中略)トップが知らない間に営業所が増えていく会社なんて他にないだろ?」と、創業者の山田昭男相談役(80)は著書「日本一社員がしあわせな会社のヘンな“きまり”」(ぱる出版)で述べている。「いちいち上司のお伺いを立てていると自由な発想も自主性もなくなる」(同書)と考えるからだ常に考える、自分で考える、は山田相談役の体験から出ている。父の経営する電気設備会社にいたころ、趣味で劇団を主宰していた。いい演劇ができるのは、1人ひとりが自分で考えて取り組んだときだった。後年、劇団仲間と未来工業を創業した際、この経験を生かせないか考えた結果という。
常に考える、からはさまざまな「派生ルール」も生まれている。
残業禁止もそのひとつ。仕事以外でも楽しむ時間をもつことが目的だが「時間内に業務を終わらせるため、考えなければならない。常に課題をもつことで仕事への提案力も増す」(同社)。自主性がより重視される。
特許庁の意匠登録件数上位20社(平成22年)には、未来工業が20位で登場。パナソニック、ソニーなど大手企業に継いで顔を出す。工夫から生まれるアイデアは、建築物の電灯スイッチを収める電機設備「スイッチボックス」で国内シェア8割の原動力にもなった。
総務部の杉原さんは「仕事の効率を上げないと定時帰宅できない。利益を出さなければ会社は存続できない。限られた時間で知恵を出し、利益をあげる。メリハリが付きます」と話す。それぞれの自主性が1つの目標に向かい、好業績をつくりあげている。(
コスタ・コンコルディア号
日本ではぜいたくの代名詞のような客船での旅行。郵船クルーズの豪華客船『飛鳥II』のツアーをみるだけでも、「横浜ワンナイトクルーズ」(今年3月19~20日、1人料金)が5万~20万円と確かに高い。
だが、座礁したコンコルディア号を運営するコスタクルーズのツアーは、「7泊8日で700ドル(約5万3200円)台」(関係者)。渡航費を含まない現地での乗船料のみだが、拍子抜けするほど安い。
一体、どういうことなのか。「JTB旅をみがく現場力」(東洋経済新報社)の著者で観光ジャーナリストの千葉千枝子氏がこう説明する。
「クルーズ旅行は、運行会社ごとに『マス』『プレミアム』『ラグジュアリー』の3つのランクに区分けされます。コスタクルーズのような会社は、最もカジュアルな『マス』で、乗船料は安いクラスで1泊あたり1万~4万円程度(2人1室)です」
安さの理由はスケールを生かしたビジネスモデルにあり、コンコルディア号が17階建てだったように「客室を大量に増やして客単価を下げる。その一方で、カジノスペースを大きく割いて収益を上げる」(千葉氏)という。問題なのは利益をあげるため、必要以上に人件費を削ったり、リスク対策がおざなりになったりしがちなことだ。大手旅行会社のクルーズ担当者は「そもそも11月から3月にかけての地中海は天候が悪く、海がしけることも多い。しっかりした運営会社なら、この時期に航行を設定することはまずない」と指摘する。
イタリアの捜査当局などによると、座礁の原因は、コンコルディア号の船長が、座礁防止プログラムを解除し、ジリオ島に接近し、浅瀬を航行したためとされる。乗客らを残し、真っ先に避難するなど船長の職責放棄も問題視されている。
17日現在、11人が死亡し、22人が行方不明となっている大事故。これ以上、犠牲者が増えないことを祈るばかりだ。
「優秀」と言われている人の特徴
サラリーマンのみなさん
あたっていませんか??
「全人格的な評価」という言葉
「全人格的な評価」という言葉は、20数年前の学生時代に知った。当時、甲南大学の熊沢誠教授が自身の本で、「日本企業は職務遂行能力だけでなく、性格や生活態度にまで評価が及ぶ。その意味で、全人格的な評価と呼ぶ」と書いていた。
私なりの解釈で言うと、会社員は日々の仕事を時間内にきちんと行い、上司から高く評価されること。そして、部署の業績や目標達成に積極的な貢献をすること。さらに行動評価などで協調性や規律、リーダーシップなどが優れていると上司から認められることが大切なのだ。
前述した個人事業主やフリーターなどの人が、記事に反発したのは、その「全人格的な評価」の存在を感じ取っているからではないだろうか。さらに述べると、私の周囲にいる個人事業主やフリーターは得てして協調性や規律なるものを求められることを苦手とする。だから、記事を読むと自分のことを指摘されている気がして、感情的になるのではないかとも思えた。
私は「全人格的な評価」を否定的にとらえる人の思いも分かる気がする。その理由の1つとして「全人格的な評価」で高い評価を受けると、「性格や勤務態度が優れている」と見なされ、さらには「人格ができている」とまで評されることがあるからだ。
事実、私が取材先や取引先に行き、そこの社長や役員らのことを聞くと、その半数以上が「人間として立派」とか「人間的にできた人」と口にする。私は会社員の頃を思い起こし、釈然としない気分になる。しかし、私の観察では特に社員数1000人以上の大企業では多くの社員から社長や役員らがそのようなに見られていることは間違いがない。
逆に言えば、「全人格的な評価」を行う職場で、同世代の社員よりも低い評価をつけられ、それが数年間に及ぶと、その社員が「人格者」とは言われない傾向がある。むしろ、仕事以外のところで、例えば「だらしない」などとバカにされることすらある。
ここに、「全人格的な評価」の怖さがある。しかも、この「全人格的な評価」は突き詰めていくと、その基準があいまいである。上司が何を持って、自分の優劣を決めるのかが見えてこない。これでは上司が誤りをしていても、なかなか意見も言えないという構造を作ってしまいかねない。
もう1つの理由として「全人格的な評価」を行う職場で働くと、無駄な精神的なエネルギーを使う可能性があることだ。仕事をして実績で示すだけでなく、チームの一員として適切な行動を取ったり、上司を中心とした和を作るように意識せざるを得なかったりする。
これらは状況いかんで、会社や部署の目標とはまったく違う次元で、部下である社員たちがエネルギーを注ぎ込むことにもなりうる。ましてや、建前と本音の論理が浸透している日本企業では、表向きは皆が上司の顔色を盛んに気にして、和を重んじる。
ところが、本音の部分では熾烈なライバル心を同世代の社員たちは互いに持つ。そこにも、一段と精神的に疲れるものがある。私の周囲にいる個人事業主やフリーターは、きっとこんな部分にうんざりした経験があり、「全人格的な評価」を否定的にとらえるのだろう。
ここまでを読むと、「全人格的な評価」は悪の象徴であるかのように感じ取る人もいるかもしれない。だが、私はむしろその逆の考えを持っている。
ここで考えたいのは、この10数年間、成果主義が浸透し、メディアで盛んに「業績達成の重要性」が指摘されたことだ。それにともない、「全人格的な評価」があまり語られなくなった。
その結果、日本企業が「業績」だけで社員の優劣を判断し、協調性や規律、リーダーシップなどを評価していない、という"誤解"が世の中に浸透してしまった。確かに1980年代までくらいに比べると、評価全体において行動評価の比率は下がっている。しかし、依然として日本企業では重要な評価項目である。
さらに、一部の経営コンサルタントは、企業が「全人格的な評価」をすることによって「労働の生産性を低くする」「業績が伸び悩むようなる」といった指摘をしているが、これは事実なのか。もっと深い調査が必要である。「業績だけで優劣を判断する評価が、生産性や業績を向上させる」ならば、もっとたくさんの企業が成長していいはずだ。ところが、必ずしもそうとは言えない。
私が38歳で会社を離れ、1人で仕事をするようになってようやく痛感したのは、仕事ができるに人はそれなりの人格者が多いことだ。少なくとも、その傾向はある。
社内で「優秀」と言われている人は、協調性や規律、リーダーシップなどの面で他人よりも優れたものを身に付けている。その人との電話や、メールに書かれてある内容からも感じることだ。これは取材先でも、取引先にも言える。「人格者」とまでは言えないかもしれないが、何かが優れていることは間違いない。
ただ漠然と、目の前の仕事をこなすぐらいでは、「優秀」とは言えないのだと思う。そして、周囲の人たちから人格や行動なども一目を置かれる人は、部内でも成績が上がりやすい、いわゆる"おいしい仕事"が与えられる傾向がある。つまり、おのずと業績が上がりやすいのだ。
ここ10数年、私たちは業績だけに目を向けてきたが、実はそれ以上に、職場での言動に、そして上司や周囲との関係に気をつけるべきなのである。その姿勢や意識が、業績をグンと上げることになっていくのだから。業績が伸び悩む人は、まずは自身の発言や行動を振り返ってみたい。何かが、見えてくるはずだ。
解凍
完全にフリーズ状態であった準備を徐々に解凍していく、
作業を今週末から進めていきたいと思います。
改めてですが、この事業やってみたいというワクワク感が
湧いてきました。また、商品に対しての自信もあります。
まちがいないと確信しております。
ここで、重要なのは商売をして、儲けてやろう!という
気持ちより、商売をしてみるとこうことや、この商品の
良さを広めるという思いが強いところが正直であります。
とにかく、出来るところまで粛々とすすめます!
再始動
みなさん、おせわになっております
10月よりめまぐるしく忙しくなり、ブログ更新しておりませんでした。
改めて、この場でお詫び申し上げます。
若干、落ち着きをとりもどしましたので粛々と「まき直し」を掛けて
いきます。
ぽーっとローソクに火が再びついた感じですぅ!
では、、、
35歳になった時に心得ていないと、もっとヤバイこと
改めてこの公式について説明しよう。例えば、職務遂行力が5段階評価で3のレベル(平均)でも、仕事への意識や姿勢が5段階評価で4ならば、3×4で12の成果が出る。仕事への意識が高いことは、有利に働くのだ。低いと、たとえ職務遂行力が高くとも、成果は思い描いたように上がらない。
この仕事への意識や姿勢は、自分ではなかなか分からない。だから、つい「俺はあの社員と仕事への姿勢は変わらない」などと思いがちだ。私も会社員のころ、そのような思いだった。だが、ベテランの上司が見ると、仕事への姿勢がいい人と悪い人の差はある程度は分かるものだ。
社員間の競争は、高校野球のようにトーナメント方式ではない。むしろ、プロ野球のペナントレースのように長きにわたり、競い合う。最後にモノを言うのは仕事への意識や姿勢であることが多い。
奥山さんはここまでのことに共感しつつ、このようなことを述べた。
「『職務遂行能力×仕事への意識・考え方=成果・実績』に近いものとして、『職務遂行能力×熱意×考え方=仕事の成果・実績』というとらえ方もある。この考えを35歳になった時に心得ていないと、もっとヤバイことになるのではないか」
これはニューヨークで会社を経営していたころ、盛和塾で学んだことだという。盛和塾は若手経営者たちが、京セラの稲盛和夫名誉会長から人としての生き方や、経営者としての考え方を学ぼうと集まった自主勉強会に端を発している。奥山さんがニューヨークにいるころに、NY塾が開設された。
奥山さんの解説で、職務遂行能力×熱意×考え方=仕事の成果・実績を見ていこう。職務遂行能力と熱意は0点から100点まである。だが、考え方は-100から+100点まである。
この考え方が職務遂行能力や熱意よりも大切なのだという。その例として、「周囲の人がびっくりするほど前向き」であることや、「絶えず明るいこと」などを挙げた。
例えば2人の社員がいて、職務遂行能力と熱意がそれぞれ50点だとする。ところが、2人は考え方が違う。1人はいつも明るく、前向きに考える。その考え方が80点とすると、50×50×80=20万点となる。
もう1人は絶えず上司や周囲を批判し、どうも暗い。その考え方が-80点とする。すると、50×50×(-80)=-20万点。双方の成果は片方が20万点で、片方は-20万点となる。
これは私の認識だが、会社員は給与では同世代の場合、このような差がつく可能性は低い。しかし、考え方次第で会社員人生は大きな差がつく。
例えば、所属部署での評判や評価、社内での待遇、給与や賞与などの賃金、社外での地位などを総合すると、しっかりした考え方の人とそうでない人の差は大きなものになる。
そして社内で高い評価が付き、多くの人に認められると、プライベートも充実してくる。意味のない転職をすることなく、計画的・段階的にキャリアを作ることができる可能性が高い。人生が好循環になる。こういう人は結婚なども早く、早くに足場を固める傾向がある。これがまた、仕事にいい影響を与えていく。
奥山さんは、考え方がいかに大切であるかを説く。
「職務遂行能力×熱意が高ければ、それなりの成果は出る。ところが、考え方に問題があると、職務遂行能力×熱意が高くとも、思い描いた成果は出ない。考え方は-100点から+100点までと幅広い。この考え方次第で、成果は想像以上に差が付く」
奥山さんが35歳までくらいの社員を観察していると、考え方に問題があり、マイナスになっている人が少なくないという。
「職務遂行能力と熱意にはプラスしかない。しかし、考え方にはマイナスがある。このことを35歳までくらいで行き詰まっている人は理解できていない。考え方次第で、その人の人生が悪い方向に行ってしまうことすらある」
奥山さんが見てきた社員の中で、考え方が大きなマイナスになっていると感じたのは、会社や上司や、さらにはプライベートに不平や不満を言い続ける人だという。
「文句ばかり言う人と群れを成すと、一段とネガティブな考え方になる。その方が精神的に楽なのかもしれない。だが、不満を言い続けたり、聞き続けると、考え方は一層、マイナスになっていく。職務遂行能力×熱意が高くとも、考え方が-100点になると、一段と成果は下がる。だからこそ、考え方は怖い」
ここまでは、私が記事で紹介した「職務遂行能力×仕事への意識・考え方=成果・実績」の、仕事への考え方により一層の重きを置いたものと言えるのだろう。確かに35歳までくらいに考え方の大切さに気が付き、良き方向に向けて直そうとする人は高い成果を出す傾向があるように思う。
会社員にとって、35歳は大切な年齢である。その後、定年までの昇格は30代半ばまでにはほぼ決まっている。少なくともその時点で、役員になれるかもしれないグループ。管理職で終わる人たち。さらにそれにもなれないグループには分けられている。
多くの会社で役員や管理職などを含め、「早いうちにあの男を課長にしよう。彼は幹部候補だから」などと暗黙の了解があるはずだ。言い方を変えると、40~50代になり、リストラになる人は35歳までくらいにその候補はある程度、決まっているだろう。
最後に、奥山さんは米国で鍛えられたコンサルタントらしく、少々厳しいことを語った。
「考え方を簡単には変えることはできない。その人が成人するまでの間に接した人、例えば家族や友人らに多分に影響を受けて、考え方はできあがる。日本企業が面接時に親のことや職業を聞いたのは、その学生の考え方を知ろうとしていたのではないか。
今はこのようなことはあまりしないが、考え方が大きく違う人を入社させると、会社にとって損害になる。職務遂行能力が高くとも、会社の哲学とその人の考え方が決定的に違う場合は、入社させないほうがいい」
私も同感である。考え方が大きく違う人と、深い話し合いを長くすることは経験論で言えば不可能に近い。あなたは、会社やほかの社員らと考え方は重なるだろうか。
38歳、それは会社員にとって“あきらめ”の年
私が会社を離れ、1人で仕事をするようになったのもこの時だった。会社員をすることをあきらめた。この20年間、取材で知り合ったベンチャー企業の経営者、個人事業主は数百人になる。その大多数は38歳までに勤務していた会社にあきらめを感じ、辞めている。40~50代になって独立する人もいるが、私が見てきたのはわずか10数人。全体の5パーセントに満たない。
38歳は独立をするならば“デッドライン”とも言えると思うが、私は読者に独立をうながすつもりはない。むしろ、経験論で言えば家やマンション、クルマ、さらには家族の生活費などを工面するという点で積極的には勧めない。さまざまな観点から、冷静に慎重に検討し、決断をするべきである。
会社を辞めることだけが「あきらめ」ではない。それとは反対に例えば、「俺は会社に骨をうずめる。大いに仕事をして成りやがってやる!」と決めるのも立派なあきらめ、つまり決断ではないか。
会社員が絶えずぶつかる壁
ここでは読者が会社に残る決断をしたことを想定し、論を進めたい。まず前提として、38歳で遅くとも管理職予備軍(課長補佐など)になることだ。そうでないと今後、昇格という点では厳しい戦いになる可能性が高い。
20代のころから、次のことは意識しておきたい。会社の評価は20代のころからの積み重ねである。38歳前の数年間だけの成績で昇格が決まる可能性は低い。20代のころからその人の持つ、「仕事ができる」「できない」とったイメージは大切である。それにともなう、社内の口コミも見逃せない。これらが折り重なってその人の評価となる。これが、人間社会というものだ。
38歳以降、会社員が絶えずぶつかる壁は主に次の3つである。遅くとも30代前半からは、このことを意識したい。
・管理職
・専門職
・リストラ
それぞれを具体的に見ていきたい。管理職とは課長や部長を指すが、今後、総額人件費を一段と削る会社は多い。そのためにこれらのポストは一層、減っていく。管理職になってもさらにぶつかる壁は、「部下のいない管理職」である。部下がいないから、結局、非管理職のまま。つまり、プレイヤーとして仕事をするのみ。部下の指導や育成といったマネジメントには縁がない。
この路線に進むならば「今後は徹底してプレイヤーとして仕事をしていく」と、ある意味であきらめることが大切である。同世代で部下のいる管理職に嫉妬している場合ではない。後述するが、むしろ、発想を変えて専門職になるくらいの覚悟で臨むべきである。今後、多くの会社はこの「部下がいない管理職=専門職」の考えを現場に浸透させてくる。それは、今のうちからあきらめておこう。
部下を持つ管理職になっても当然、さらなる昇格を競い合うことになる。ここでも「競争は避けられない」とあきらめることが大切だ。ここでおさえるべきは、次のことである。
「3年間ならば、部下の育成をしなくとも、部署の業績を上げることはできる。4年目以降、そこの部署に残るならば1年目から部下の育成をすること」
これはすでに部下を持っている人ならば、意味が分かるだろう。仮にあなたが営業部の課長になったとする。在任期間が3年以内で、4年目以降は他部署に異動することが確実ならば、あえて部下の育成をする必要はないのかもしれない。
部下の育成をゼロからしてそれが形となって現れるのは、4年目以降が多い。つまり、あなたの業績にはなりえない。次の課長、言い換えればライバルのために懸命に仕事をするようなものだ。「厳しい競争社会で、そんな悠長な考えでいいのか」と私は問いたい。
そもそも、大多数の会社で課長や部長に最も強く求められているのは、自らが仕切る部署の業績達成である。決して部下の育成ではない。役員らが管理職を査定する際の人事考課では6~8割が業績であり、部下の育成はせいぜい1割くらいのウェートである。業績を達成して役員や本部長になった人はたくさんいるが、部下の育成が評価されて役員になった管理職を私は知らない。
3年間だけの営業課長をするならば、この現実を受け入れて、まずは自らがプレイヤーとして徹底して稼ぐことが大切である。それでも余力があれば、部下の育成を考えればいい。ただし、ここでも忘れてはいけない。デキの悪い社員までを真剣に育てようとすると、それはプレイヤーとしての時間も奪われてしまい、業績達成が相当に苦しくなる。
4年目以降はこの部署にいない課長ならば、デキの悪い社員を育成しても無駄になる可能性が高い。その社員が花開くのは、8~10年先だろう。営業課長はあくまで課長であり、決して経営者ではない。会社の仕組みを作る創業経営者ならともかく、普通の会社員の課長が業績達成よりも、部下の育成を真剣に考えることはあきらめていい、と私は思う。それは、永遠の理想でしかない。
仮に4年目以降も今の部署に残るならば、部下の育成の優先順位は高くするべきだ。せめて5~7年目くらいでモノになる、つまり戦力になる潜在的な可能性を持っている部下を優先的に育成する。それでも余力があれば、8~10年先にメドが付きそうなデキの悪い部下となる。この順番を間違えないことだ。
時折、経験の浅い管理職を見ていると、すべての部下の底上げをしようとする。それは創業経営者のするべきことであり、課長のするべきことではない。課長レベルでできないことは、早くあきらめることだ。役員になってから、考えればいいのだ
次に専門職が38歳以降、ぶつかる壁である。例えば、営業部で言えば、部下を持つことなく、ひたすらプレイヤーとして稼ぎまくる社員がいる。そのような人が専門職と言える。大手メーカーの研究所などに勤務する研究員も同じくである。
一見すると、これは自分のやりたい仕事を極めることができるという点で面白そうに見える。だが、リストラなどの憂き目に遭いやすいのはこの専門職である。少なくとも、部下を持つ管理職は、この専門職よりはその意味では安全だ。ただし、非常に高い評価を受けている専門職は例外となる。
日本企業は伝統的にライン、つまり部下を持つ課長や部長の立場が強い。今後、この傾向は変わると言う識者はいるが、私はすぐには変わらないと考えている。あと20~30年は依然として部下を持つ課長や部長が専門職よりも権限が強いだろう。
それならば、専門職の人はラインの管理職と張り合うことをあきらめたほうがいい。むしろ、自分の専門分野を極力、ほかの人ができないくらいまで独自性を高めていくといい。そうして他部署へ追い出されたり、リストラを受けないようになりたい。例えば、営業部で言えば、みんなが法人で売上30億円前後の会社にセールスをするならば、そこに売り込むことは当然だが、売上50億円前後の会社からも契約が取れるようになりたい。こうして自分の居場所を確保するのだ。
経験論であるが、30代後半まではとかく、自分に必要以上の期待をするものだ。「俺はこうなれる」とか「ここまではいける」という具合に。そのような思いはもしかすると、“幻想”かもしれない。いや、その可能性は高い。38歳になったら、妙な期待をすることなく、どんどんとあきらめたい。そうすれば、自分にとって本当に大切なものが見えてくる。それで絶望から希望に満ちた人生にきっとなれる。
30代前半の会社員がするべき4つのこと
30代前半でするべき、4つのこと
ここでは特に30代前半を迎え、主任などになり、課長を補佐する立場の人をターゲットにしたい。これが、30代前半の会社員でいちばん多いタイプだと思う。この人たちが考えるべきことは主に下記のものである。
1.仕事の「型」を確実に身に付ける
2.会社員であることの意味を理解する
3.上司との関わりを深く、しなやかにする
4.心を安定化させるシステムを作る
1の仕事の「型」であるが、これは前々回の記事で紹介した通りだ。例えばメールの書き方とか、報告・連絡・相談の仕方、営業部員で言えば交渉先の見つけ方やそこへのアプローチの仕方、交渉の方法などを意味する。会社員経験が浅い人は「型なんて関係ない。自主性が大切」などと言うことがある。
だが、それは誤りだ。仕事の「型」は20代よりは経験が豊富な30代~50代、いや、もっと上の世代から受け継がれてきたものだ。それらの中には非効率的なものもあるが、20代の無手勝流よりはマトモなものが多い。「型なんて……」と批判する前に、30代前半までに仕事の「型」を数百以上は身に付けたい。その上で自分なりに改良していけばいい。この時期にしか、できないことでもある。
仕事をしていれば、「型」をマスターできると考えるのも甘い。優秀な人は、意識して仕事の「型」を身に付けようとしてきたタイプが多い。営業で言えば、漠然と営業先を見つけるのではなく、上司などの見つけ方を観察し、それをまずは受け入れる。その上でより高い成果が出るようにリフォームする。その蓄積が30代前半になり、形となって現れる。
20代の社員からバカにされる30代前半の人には、この思考がない。その人たちの共通項は、仕事の「型」を意識して覚えようとしてこなかったことだ。職場にはさまざまな「型」があるが、それらができないと、仕事を処理するスピードも遅く、質も低くなる。例えば、交通費の精算にも「型」がある。それをマスターしていないと、精算のスピードは遅い。人は見た目でその人を判断する。「精算もできない奴」としか見られない。
ここまで説明したことは、2の「会社員であることの意味を理解する」ことに通じる。会社という組織の論理や秩序、ルールをわきまえ、そのしがらみの中で結果を出して、自分を認めさせていく。これが、会社員である。「型」をマスターできない人が会社で認められることはありえない。「型」は、その会社の多数の社員が受け入れる文化であるのだから。文化に染まれない人が、その文化に慣れ親しんでいる人に高く評価されることはありえない。
前々回の記事で中堅・大企業の人事評価を書いたが、30代前半の時期に「業績」だけでその社員の人事評価をする会社はほとんどない。むしろ、「業績」よりも「行動」、つまりは「型」に重きが置かれる。それをきちんと守り、一定水準以上の仕事ができているかどうかを上司らは見ている。
評価の大きなポイントは、まさに「型」にある。「型」を確実に自分のものにしているならば、高い実績を残す可能性が高い。それこそが、会社員とは何ぞやを理解している人なのだ。会社員は、独自路線が許される個人事業主ではない。会社という「型の宝庫」と言える場で、認められてナンボなのだ。
「型」を踏まえると、上司や周囲と仕事についての共有意識が芽生え、深い会話ができる。仕事をすることが面白くなる。チームの一員という意識もみんなで共有される。上司などとの間に信用・信頼関係がしだいに結ばれていく。こうなると、少々のミスも許されるようになり、おいしい思いもできる。後輩からもなめられない。これが、賢い会社員なのだ。
ここまで説明した1と2がきちんとできる人は、上司からの評価が高いはずだ。しかし、優秀であるがゆえに上司や先輩が嫉妬して、いじめなどを行うことがありうる。ここで、3の「上司との関わりを深く、しなやかにする」ことが必要になる。
つまり、上司や先輩らを刺激しない工夫が求められるのだ。30代前半で優秀な人で上司から潰される人は、この術を心得ていない。いくつかの方法があるが、少なくとも次に挙げたことは実行したい。矢印の右は、その理由である。
- 職場で群れをなす→1人になると、上司はいじめをしやすい。
- つけこまれやすいミス(誰にでも分かりやすいミス)をしない→上司が部下を潰す時は、世論を気にする。周囲から「いじめをしている」とは思われたくない。だから、叱りつけるための明確な理由がほしい。
- 報告、連絡、相談を多くして、上司らから「見える人」「分かりやすい人」になる→警戒心を解くためには、自分のことを分からせることが大切。
- TPOをわきまえた言動をとる→上司は防衛本能が強いもの。みんなの前で、上司を否定するような発言はタブー。
- 上司の前はもちろん、上司のいないところでも(特に上司と仲がよい人)、上司を立てる発言をすること→この噂はほぼ間違いなく、上司の耳に入る。「かわいい部下」にならないと損。上司が優遇するのは、「仕事ができるが、かわいくない部下」ではない。「仕事はそれなりにできて、かわいい部下」なのだ。
上記のことをすると、上司との関係が深くなる可能性は高い。私の経験論でもある。ただし、深くなるといいように利用されることもある。従って、時には引くことも必要になる。それが前述した、しなやかさである。具体的には報告の回数などを減らしたり、上司を持ち上げる発言のトーンを弱くすることだ。そして、上司の反応を見つつ、また深くなるようにするべきだろう。この強弱が大切だ。上司をコントロールするのである。
4の「心を安定化させるシステムを作る」だが、30代前半はさまざまな面で曲がり角を迎える。この時期に例えば、結婚をしている人を観察すると、その後の人生が比較的、安定したものになっている可能性が高い。ただし、この逆もある。私がかつて勤務した会社には、この時期に離婚し、その後、生活がすさみ、昇格が同世代の中でも相当に遅れた人がいる。
同世代で何かと差が付きやすい時期であるがゆえに、多くの人が不満を抱えたり、不平を言う機会が増える。経験論で言えば、不満を抱えていて人生が好転することはまずありえない。その不満を減らしていくためにも、心を安定化させるシステムを作りたい。私は毎日2時間歩くが、これもその1つの術だと思っている。
大切なことは、会社員は組織の一員である以上、上司や周囲との関係作りに絶えず注意を払うこと。くどいようだが、会社員は個人事業主ではない。あなたを生かすことも殺すこともできる上司との良好な関係づくりの最大のツールが、安定した心なのだ。この心があれば、上司は決して見放さない。
PS500
本機は、同社プロフェッショナルシリーズのフラッグシップである「PS1000」で培われた技術を踏襲したエントリーモデル。型式はオープン型でエアチャンバーはハイブリッドのものとしたほか、ボイスコイルやケーブルにはUHPLC銅線を採用している。また、インピーダンスは32Ωとなっており、ポータブル機との組み合わせでも十分なドライブを行うことが可能な仕様となっているという。
さらに本機には、クロームメッキ鏡面仕上げとつや消し仕上げの2種類の仕上げを用意。クロームメッキ鏡面仕上げは30台~40台の限定販売となる予定だという。
部下と上司の関係
最近、このネットのページの文章にはまっています!
どうでしょうか?みなさんん?
この記事、
私はこの記事に共感しました。
まさに、そうですね!
企業・組織ではこういった人が優秀とされます
社員は所属部署では、上司らとの間で仕事において詰めるところは徹底して詰める。その中で、小さなコンセンサスを得つつ、信用を獲得し、承認にこぎつけるべきなのである。これを極力早いスピードで確実に着実にできる人が“優秀”と言えるのだ。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1109/09/news002_2.html
先日、考え込むことがあった。ここ数年、悶々としていたことに風穴が少し開いたような気がした。
それは、人事コンサルタントの川口雅裕さん(イニシアチブ・パートナーズ代表)に取材をしていた時だった。川口さんは関西を拠点に組織・人事関連のコンサルティング、研修、講演を行っている。1980年代後半に、当時、リクルートと肩を並べるほどの人気企業だったリクルートコスモスに入社。その後は人事労務に関わり、20数年のキャリアがある。
私が尋ねたのは、会社という組織の中で仕事をすることの意味についてだった。まず、このような質問をした。
「部下が上司の了解を得ることなく仕事を進めた結果、上司から信用を失い、苦しい立場に追いやられたらどうすべきか?」
川口さんは「その部下は会社で仕事をすることの意味を心得ていない」とした上で、こう切り出した。
「会社で仕事をするならば当然、上司の承諾を含めて、組織として合意するという手続きを踏まえる必要がある。そのことに関する理解と、承諾や合意を得るための力を身に付けないと、何事もうまくいかない」
これは、若い会社員からすると難しい。ついつい、無視をしたくなる上司はいる。上司である課長が無能であるがゆえに、飛び越えて部長に話を持っていきたくなる時もある。
しかし、川口さんの指摘通り、「上司の承諾を含めて、組織として合意するという手続きを踏まえる」ことをしないと、ほぼ間違いなく行き詰まるはずだ。
これは私の認識なのだが、会社員は個人事業主ではない。経営者でもない。会社員が仕事をしていく力とは、組織の中で認められることが大前提。個人事業主として例えば、その分野で国内ナンバー1であったとしても、組織で生きていくことができない限り、会社では“優秀”と言わない。
ところが、会社員経験の浅いコンサルタントや経済評論家など、さらに個人事業主の経験が長い人は、このあたりへの考察が甘い。それどころか、「職務遂行能力を高めれば、社内で活躍できる」と言い始める。私にはこれらは事実にもとづかない、浅い見方にしか見えない。
会社員は所属部署では、上司らとの間で仕事において詰めるところは徹底して詰める。その中で、小さなコンセンサスを得つつ、信用を獲得し、承認にこぎつけるべきなのである。これを極力早いスピードで確実に着実にできる人が“優秀”と言えるのだ。
誰の承認を得ることもなく、勝手に仕事をして高い業績を出しても、束の間の自己満足で終わる。周囲の人は、そんな戦略性のひとかけらもない、エゴイストな人に付いていかない。また、付いていくべきではない。
会社で仕事をしていく際の承認について、川口さんはその後、こう答えた。これも私が読者に考えてほしいことである。
「私はリクルートコスモスに勤務していたころ、上司などから『承諾を得ようとするならば、6回は言え』と教えられた。本気でその仕事をやりたいと思っているなら、6回くらいは言い続けられる。実際、そのような修正と提案の繰り返しによって、最初に言った内容に比べて格段に良くなった実感があった」
さらにこう続ける。
「上司は部下の仕事については、『こうした方がいい』などと干渉をするべきだ。部下も上司に説得を何度も試みるべき。私は、部下の仕事に干渉しまくる上司たちの下に長年いた。とにかく、組織として合意を得るまで徹底してやり直しと議論が行われた。安易な決裁を行う上司などいなかった。その方が仕事の内容も良くなる。仕事をしていく力が確実に上がっていく」
私は、この考え方は会社員のころの経験に照らしても、正しいと思う。リクルートというと一匹オオカミ的なタイプの人が多く、上司の指示をさほど聞くことなく、猛烈に仕事をしてバリバリと契約を取ってくるイメージがなきにしもあらず、だった。だが、川口さんは「自分がリクルートにいたころには、そのようなタイプの社員はいなかった」と答える。
ところで、私はこの干渉しまくりこそが仕事をしていく力を上げていくために大切なことと考えている。そこで具体例を挙げよう。例えば、私の、5年ほど前の取引先に2つの会社があった。A社とB社としよう。
A社は社員数が約800人で、社会人向けの通信教育をしている会社。担当者は新卒で入り、3年目の男性だった。3年目にしては話す内容も、メールで書いてくる内容もスキがない。それらは30代後半という感じだった。
それもそのはずで、電話をしてくる時にはその横に課長がいたようだ。そして、「こう言え、これは言うな」と干渉していたという。これは2年ほど後に、男性から聞いた。男性いわく「(課長が)口うるさいから、キレそうになったことがある」という。彼は今、30歳目前だが、同世代のほかの社員よりも精度の高い仕事ができる。その上司(口うるさい課長の後任)からも、評価は高い。
一方で、B社は社員数約30人の出版社。ここも、社会人向けの通信教育の本を編集制作している。私の担当は、当時30代前半の女性の編集者。職務遂行能力のレベルは23~25歳ほどだった。送られてくるメールの意味が分からない。電話をして確認をしようとするが、要領を得ない。本の制作に進むと、ビギナーのレベルだった。
彼女は一匹オオカミだった。上司からは野放しにされ、自由気ままに仕事をしていた。だから、企画書を見ても稚拙だった。それでも、本人は“一人前の編集者”気取りだった。私には自主性という言葉の意味をはき違えた、気の毒な人にしか見えなかった。2年ほど後、いなくなった。退職の理由は、そこに出入りするデザイナーいわく「役員から辞めさせられた」という。
この例に限らないが、上司が部下に干渉しまくりの方が間違いなく部下の力は伸びる。そのプロセスでしか、組織の中で合意を形成したり、承認を得る力は身に付かない。そして、これらの力がないと、上手くいかないのが会社なのだ。
上司や、会社を批判する以前に、組織の中で仕事をすることの意味を改めて考えてみることも必要ではないだろうか。

「常に考える」のモットーは本社のいたるところに張り出されている=岐阜県輪之内町