僕にとって死ぬとは、親とぶつかること。
勿論、単純な死に対しての怖さは当たり前として、僕にはもう一つ死に対しての怖さがあった。
死ぬ気はないよ?
僕のもう一つの死に対しての怖さである親とぶつかること。
きっかけは中学3年生の頃だった気がする。
その時いろいろ参っていて、精神的にも弱っていた感じ。
そんな時に風呂場での鏡をみて、自分をみて、今やったら死のうと思ったら死ねるなと思ったのを覚えている。
その時思った。今二階から飛び降りて自殺したら親に迷惑がかかる、って。
親が悲しんでる顔や、激怒している顔や、取り返しのつかないという顔が頭に浮かんだ。そして僕は親が悲しむからと生きることを選んだ。
ずっとそのことは自分の中で誇りに思ってきた。そして、もう死からも逃げてきた。死なんて常識的に考えてあっちゃいけないとか、死を見ることさえできなかった。
グロテスクな動画もゲームもとにかく人が死ぬ姿とかはダメだった
家も改めて見ると、そういう系の漫画が一切ない。
僕は勘違いをしていた。
あの時頭に浮かんだのは、綺麗なものじゃなかった。
あの時思っていたのは、親を悲しませて、激怒させて、勝手に死んで、その結果僕自身の処遇が怖かったんだ。
本当に謎だけど、死んだらもういないのに、あとで親から殴られたりひどいことされるっていう怖さに震え上がっていた。
呪いのようだった。
だから僕は今まで死から逃げていた。
あの日遭遇した親の幻想から逃げてきた。
自分が死ぬことを考えてみると、親が見ているという怖さが一番にくる。
子どもの頃から間違っても死なないように脅されてた記憶がある気がする。気のせいかもしれないけど。
「死んだら許さんからな」
5歳くらいの頃の記憶。
何度も言われてきた。
母は、自分に言っていたのか?
ふと、気づいた死のことについて書きたくなったんです。