ちーちゃんと一緒!!~膵癌パパは天国へ~

ちーちゃんと一緒!!~膵癌パパは天国へ~

長い長い不妊生活を乗り越え、2009年12月25日、37週4日で2470gの娘を出産いたしました。
バタバタしながらも平和に暮らしていたのに、2016年3月パパに膵癌が見つかり、1年10ヶ月の闘病の末、2017年12月26日、49歳で亡くなりました。
日々の暮らしの記録日記です。

ご訪問ありがとうございます


こちらは、旧『不妊⇒高齢妊娠 愚痴帳』です。


念願の妊娠・出産を経て、育児日記中心のブログとなりましたが、相変わらずマイペースに、日々の愚痴を書き綴る、毒吐き日記でございます。


引き続き、己の心の赴くままに、毒やら正体不明のガスやら炎やら・・・色々吐きまくっておりますので、要らぬ火の粉のかからぬようご注意ください。


ノークレーム、ノー喝入れで、お願いします






Amebaでブログを始めよう!
今週で夏休みも終了…
ようやく通常運行に戻ります

最近では関東近郊も夏休みの終わりが早くなり、我が家の近隣市町村も今週はじめに新学期を開始したところが多いのですが、ヤル気ナシの我が市は目一杯休みです(笑)

良いんだか、悪いんだか( ´Д`)
受験生の母にとっては切実だろうな…


楽しかった花火大会や旅行も終わり、夕方、涼しい日がでてきはじめ、夏休みの宿題に追われるカツオ君の姿をテレビで観ると、嫌でも夏の終わりを感じます…


夏の終わりには ただ泣きたくなるの


何て歌っていたのは、誰だったかな…

個人的には夏の終わりじゃなくても、いつでも泣きたいけど…なんて突っ込みたくなる気もするけど、夏の終わりは誰しも切なくなる…のでしょうかね…

昨夜ちーちゃんが泣きながら、寝室からリビングに戻ってきました…

パパに会いたい…とショボーン

パパが彼方に旅立ってから、初めてのコトです

あれから1年8ヵ月
きっとずっと、がまんしていたのでしょうね

どこかに行きたいとか、何かが欲しいとかなら相談にのりようはあるけれど、こればかりはどうにもしてあげられない

ただ抱きしめて、寄り添って、自分の感情に流されて泣き出さないように我慢する…

自分の無力さを実感させられる…

ホント、無力だなぁ…

何にも替えがたい家族を失った喪失感は、周りの誰がどう頑張っても埋められない…
それはきっと、長い長い時間をかけて自分自身で埋めていくしかない…

サミシイ…

アイタイ…

今まで言えなかったその言葉を口に出来たコトで、ちーちゃんが少しでも前に進めたことを祈るしかない…

母には黙って見守ることしか
寄り添うことしかできない…

分かってはいても、セツナイ…









前回の更新から、ずいぶん時間がたってしまいました…

約5ヶ月…

その間もアメーバにログインしない日はなく、皆さんのブログを読み逃げしたり、調子が良いと👍したりコメントしてみたり…

自分のブログも何度も更新しようとして書き始めるのですが、途中で辛くなってしまって、下書きだけがたまっていき…

ずっと後ろ向き…

だけど、時間は止められないから
後ろ向きで前進して
転んで
しゃがみこんで
時間の流れに強引に引きずられて…

実家の母に
「ちーちゃんが居てくれて、本当に良かったわ。居なかったら、どうしていてかしら?」
なんて言われて

「どうもしてないでしょ。仕事行ってんじゃない?」
なんて言いながら、内心

きっと引きこもって、ゴミ屋敷の住民となっているんじゃない?

なんて思って、現実とのギャップにまた落ち込んで…


時間とともに、記憶とともに、寂しさとか悲しさも和らぐものかと思っていたけど、1年目の去年より、2年目の今年の方が寂しくて、辛くて…

去年の今頃は、新盆準備でバタバタしてた…とか、百日で…とか、変に思い出したりして

1年目はやること、やらなきゃいけないコトが多くて、バタバタ過ごしたけど、2年目は悲しさや寂しさがかえって増して…



だけど、私のそんな感傷で、ちーちゃんの大事な時間を止められないから、いつも笑顔で(同じくらい角も生やしているけどイラッ)、可能な限り、今しか出来ない色々な経験をさせてあげたくて…

だってパパをなくして悲しいのは、私だけじゃないから…

あの日、パパが最後の入院に出かけた日、私もちーちゃんも、2度とパパが家に帰って来ないなんて思いもせず、パパに見送られて家を出た

ちーちゃんはいつものように、日曜日になったらパパを迎えに行くのだと信じていた

なのに、日曜日を過ぎても、その次の日曜日が過ぎてもパパに会うコトはできず、やっと会えた時にはパパは、1人で車イスに乗ることもできず、座位を保つコトもままならなくなっていた…

パパですら聞いていない話を先生から聞いていた私と違い、何も知らなかったちーちゃん

いったい、あの時、何を思ったのだろう


病気になってからも、ほとんど愚痴をこぼすコトはなかったパパ…

数少ない愚痴はちーちゃんとの約束を守れなかったこと…

遊ぶ約束、出かける約束、一緒にお風呂に入る約束…

「守れなかった、あやまっておいて」とは言っていたけど、パパは諦めてはいなかった

だから、パパと同じにはできなくても、私にできるコトを、私に叶えてあげられる経験を…と思う

時には1人ではなく、ジジババや弟君、ちーちゃんのお友達やママたち、私の友達の力もかりながら…

きっとみんなパパが繋いでくれたご縁だと思うから…

だって去年の今頃は、会いたいと思う人がいても、自分から動こうとはしなかった

子どものころから人見知りだった私

パパが元気な時だって、ベビ待ちをしている時だって、高齢母になってからだって
「会ってみたいなぁ」と思う相手がいても、会えそうな機会が会っても動くコトはなかった

なのに今年は動こうとしている

気がつけば「会いたい」とメッセージしていた

きっとパパが背中を押してくれたんだと思う

我が家の社交担当はパパだったから、ちーちゃんだけじゃなく、自分も新しい出会いを、経験をしておいでと…

新しい出会い、楽しみです

まだまだ前向きにはなれないけど、後ろ向きなままでも、立って自分の足で動くエネルギーをもらえそうなほどパワフルな相手だから(笑)

久しぶりの都内、お会いするのは何十年も行ってない場所だし、その前にちーちゃんのリクエストで行く六本木は母、初めての場所

正直ドキドキだけど、きっとパパも一緒に来てくれるから、大丈夫だよね

パパの繋いでくれたご縁…

ちーちゃんが楽しめるように
同じくらい自分自身も楽しめるように

頑張ろう

今から緊張で、お腹痛くなりそうだけど(笑)





前回の投稿から約2ヶ月…

その間Amebaから遠ざかっていたわけではなく

いいね👍させていただいたり

調子が良ければコメントなんかまでさせていただいたり…

でも、ほとんどの日は読み逃げだったり…


ブログを書こうと何度も思って

その度、悲しくて 寂しくて…



年末に一周忌を迎え

『去年の今日』を振り返っても、もうパパが居ないということを

もう、この世のどこを探してもパパは居ないということを

改めて突きつけられ…

寂しさのぶり返し…とでもいうのかな?

1年前、パパが彼方に旅立ってしまった直後に感じていたのは、体にポッカリ穴があいてしまったような、喪失感の強い寂しさだったけれど

1年たった今感じるのは、ゆっくりゆっくり底なし沼に沈んでいくような

海の波のように寄せては返しを繰り返しながら、不意に高波が来て沖まで拐われてしまうような

絶望感の強い、逃げられない寂しさ…


時間薬…

まだまだ、時の流れが薬になるには時間がかかるのだろう…

さながら今は、薬の調合途中で毒化しているところ…?(笑)


とはいえ、私以外の世の中は、ちゃんと時計の通りに時が流れていて、心は立ち止まっていても体は立ち止まることを許されず…

ちーちゃんの発表会やら学校行事やらお友達とのお付き合いやら…


いつまでも流れに逆らってその場所に留まろうと足掻くから、辛いのかな…
逆らっても流されても結局寂しくて悲しいなら、前向きに流された方が良いのかな?

なんて思ったり、思わなかったり…


3月は悲しい季節…

パパの病気が分かったのも、転移後始めたアブジェムが効かなくなったことが分かったのも3月だったから…


だけど、どんな辛いコト悲しいコトがあってもパパは、いつも諦めず前向きに頑張ってた…

だから私も、泣きながらでも叫びながらでも、前に進まないといけないんだよね…

立ち止まってばかりかもしれないけど、座り込んじゃうコトもあるかもしれないけど、また一歩ずつ…

まずはパパのやり残しから…かな