みなさま、こんにちは!

以前から告知していた、8/26に予定されていたモデルさんによる女子プロレス試合の撮影は、急遽ご本人の体調不良により中止となりました。

ご本人の体調を心配しておりますが、
また機会ありましたらこの方の撮影を行いたいと思っております。

さて、9/7に別のモデルさんたちによるプロレス試合を予定しております。追って詳細はお知らせします。ガチのリアルドキュメンタリー。
ご期待ください!
さぁ!
今日いよいよ撮影です!

少し前に告知致しました、美人モデルさんによるリアルなプロレスドキュメンタリー作品。

都内某所、格闘技道場にて。

受け身の美学を、追求したリアルなプロレスシーン。セリフ、台本無しのドキュメンタリー。

これまでの既製品では採られなかった手法でアプローチ。

ガチです!

今回初の撮影はミックスプロレス。

詳細は後日お知らせします!

僕が女子プロレスの虜になったのは10歳のころ。
1986年です。

たまたまテレビをつけたら、髪の長いキレイな女性がしかもワンピース水着で、叫んだり苦しんだりリングを転げ回る、、、胸が熱くなったのを覚えてます。

そんな僕が虜になったレスラーのひとり、永堀一恵選手。



【告知】
自主制作の女子プロレス映像DVDを9月中旬リリースすることとなりました。

★美人モデルによるリアルな技の掛け合い
★攻防は演技無しのガチンコ
★受け身の美学にフォーカス
★セリフ台本 原則なし
★ドキュメンタリー形式
★変則ルールでの試合

以上が特徴です。
価格など詳細は追って。

ミミ萩原。
ライバルのナンシーに、執拗に足を攻め立てられる。半べそ状態になるほどのエゲツない足攻め。観てる方まで思わず足を抑えてしまうほどに。
 

 

 

 

さて、いよいよ食事が終わり、ミミさんとのトークタイムとなりました(食べ終わるまでじっと待っていてくださったミミさんに感謝)。

 

ちょうど、息子さんもいらして、「私の息子です」と紹介くださりました。イケメンのハーフのようなお顔立ち。さわやかな感じのいい青年でした(後に知ったのですが養子にもらったそうです)。

 

ミミさんにいろんな質問をしまして、印象的だったミミさんの言葉をひたすら挙げてみます:

 

「もともろアイドルをしていたが、芸能界は足の引っ張り合いばかり。それに嫌気をさしていた頃、たまたま女子プロレス観戦の機会があり、自分もやってみたいと思った。リングで自分の力で相手に立ち向かうその世界に入りたいと思った」

 

「レスラーになる前から、私はもともと格闘技が好きで、テレビでも観たりしていた」

 

「入門当初は、アイドル出身ということで先輩レスラーから妬みなのか、いじめを毎日受けた。練習と称して投げ飛ばし100本。受け身が取れない素人なのに、容赦なく危険な投げ技を100本も、毎日くらった」

 

「そのうち音を上げるだろうと先輩たちは考えていたようで。みなが休憩しているときも、私はひとり、リングに残りひたすら練習をしていた。それも面白くなかったのか、試合になると受け身のとれないような危険な技をわざと、私にかけてきた。そいういう日々が毎日。」

 

「だけど、私は自分自身にだけは負けたくなかった。戦って相手に負けることは何とも思わなかったけど、自分にだけは負けたくない。その思いだけでやってきた。」

 

「私が後輩を持つようになって、そのようなイジメは絶対にやらないし、そういうことはほかの子たちにもやらせなかった」

 

「リングコスチュームの上からではわからないと思うけど、腹筋が割れていた。それほど腹筋を当時鍛えていた。体づくりでは、そこをすごく意識していた」

 

「テレビ中継のときは白いリングコスチュームが多かったと思うけど、野外での試合のときは、あえて《ヒョウ柄》のものを使用していた。場外乱闘になると、白だと泥で汚れるから。なので屋外ではよくヒョウ柄コスチュームを身につけていた」

 

「ほぼ1年間休みなく試合ばかりだった。その日の試合が終わるとすぐにバスにのり、次の地へ。そして翌日試合。なので、対戦カードは移動中のバスの中で発表されることが多く、さらには試合直前までわからないことも多々あった」

 

「今の女子プロレスはレベルが低い。試合もショー的。昔は、今みたいに選手がリング上で笑ったり、観戦者にこびを売るようなことはしなかった」

 

「今と昔では練習量がぜんぜん違う。今の子は受け身もまともに取れないし、体力が無い。以前、ある選手(名前はここでは伏せておきます、、、その選手は僕も直接お会いして話したことがありますが、、、)が一時期、私にあこがれて、けいこをつけて欲しい、と広島まで来た。スパーリングをすると、あまりにも基礎ができてないので、叱ったことがある。試合をすると、はるかに年上の私にすぐに倒されてフラフラになってしまった」

 

「私は当時は命がけでリングに上がった。人気のあった私に対して面白く思わない先輩レスラーたちは、本気で試合中、私を殺そうとしたと思う。首の絞め方も異常だった。でも私はリングで死ねたら本望と本気で思っていた」

 

「現役のとき、3回試合中に救急車で運ばれた。遠のく意識の中、なり、死ぬのかなと思い、あの世の手前まで自分が行ったのを覚えている。しかし手前で、神のような存在が《まだこちらへ来るな》と私を手で追い払うジェスチャーをした。まだ生きてやるべきことがあるのだな、と思い、私は息を吹き返した。そんなことが3度あった」

 

ざっとこんな感じです。。。。しかし今思うと後悔しているのは、、、一番質問したかったことを質問できなかった、、「世のミミファンは、リング上で攻撃を受けて泣きさけんだり苦悶するミミさんに興奮していたが、そのあたりは意識していたのか」ということ。そのマニアックな質問に気が引けてしまったのです。。。

 

しかし、と思うのです。リングコスチュームはすべて自前。自ら選んだものということなので、男性の視線を意識していたことは間違いありません。「プロ意識」ですね。

 

そして、もうひとつ、ぶっ飛ぶほどうれしかったのが、、、

技の手ほどきを1つだけしてくれたこと。僕の手をつかみ、ぐっとひねる簡単なものだけど、一瞬の技に、激痛で「ギャーッ!!!」と叫んでしまいました(笑)。ほんとにプロレスってすごい。一見、テレビとかでは見ててわからない地味なこの技がものすごい激痛。レスラーさんはほんとにすごいし、ストイックにひたすらリングに立ち続けたミミさんはほんとにすごい!人格者であり、セクシーパンサーであり、超体育会系であり、、、このような方はもう女子プロレス界には表れないかもしれないですね。。。

 

。。。。。。さて、これでミミさんとの対面エピソードは終了です。

その1年後、新宿で行われたある飲食店でのファンの集いで、またミミさんに再会するのでした。

 

閑静な住宅街に、ミミさんのお店はありました。

そう、カラフルでかわいらしい、なんとも明るい色目の外観。

イタリアにありそうな、かわいらしいお店です。

 

その扉を開けると、あぁぁぁぁ!

ミミさんが立っていました!もう天にも昇る気持ち!

やはり身長が高く、スタイルは若いころとほぼ変わらないように見えました。ジーパンを履き、エプロンをされてました。髪の毛は現役と違い茶色に染められ、瞳は現役と変わらず大きな瞳。。

 

感嘆の声を上げてしまい、、、、そのはしゃぎぶりはご想像いただけることでしょう。

 

ミミさんは、僕のために用意してくれたテーブルに案内してくださりました。メニューからおススメなの、、とおっしゃったカニのクリームソースパスタをオーダー。ワインもいただきました。ミミさんは、「シェフは雇ってなくて、私自身がいつもお料理を作るのよ」とおっしゃり、私のパスタを準備する様子を、オープンカウンターから眺めていました。あの憧れの、、、ミミさん!!!「受け身の美学」でリング上をのたうちまわったり、ストイックに強敵に向かっていくあのミミさんが、、、僕ための料理をふるまってくださっている、、、

 

もうここまでくると、感情がなくなっていたというか、信じられな過ぎて、僕の体から感覚やら感情が消えてしまっている、、、いわば「呆然」といった状態でした。

 

僕が少し冷静を取り戻し。。。また興奮して、「いかに憧れの方だったのか、信じられない」という感激のコトバを伝えても、いたって冷静、「あらそうなんですね」といった風で、、、きっと過去にゴマンというファンからそのような賞賛を浴びてこられて、ご本人もだからといって大げさに「あらぁ!ありがとう!!」とはならないのでしょう。

 

料理を自ら運んできてくださり、「さぁ、召し上がってください。お話はそのあとにしましょう」と私の真向かいの椅子に座られました。これには驚きました。私がおいしおいし!とフォークを口に入れている間、ミミさんはじっと、一言も発しず、しかし私からは気遣われてか、目線を外して、、、ただじっと、真向かいに座っていました。

 

正直、おいしいおいしいとは発したものの、その状態で私は味などゆっくり感じることができず、、、(笑)。もうすぐ目の前にご本人がいらっしゃるのですから、緊張して味わっていられません。ちょっとこの空気に耐えられそうもなく、結構駆け足でパスタを口に入れて、、、いや押し込んでいました。(早く食べ終わり、ゆっくりいろいろお話がききたたい!)と。

 

続きは後日!

 

 

前回②のつづきです。

 

私を最寄り駅まで車で迎えにきてくださったその男性は、名前は明かせんが、ミミ萩原さんの前夫だったのです!ご自分でそうご紹介されました。

 

ミミ萩原さんのお店に向かうまでの間、車内で、私は、

〇どんなにこの日を待ちわびていたことか

〇まるで夢のようである

〇ミミ萩原さんがいかに、好きか!(レスラーとして)

 

を興奮気味に熱弁してしまいました。。。。が、しかしこの男性は

ミミさんが結婚するまで一世を風靡した、セクシーパンサーだったことを知らなかったそうです!!!!

 

えぇぇぇぇぇ!!!!驚きでした。

 

そして、さらに彼女が「受け身の美学」をみごとに実践し、世の男性をいかに虜にしたレスラーなのか、、、またいかにストイックなレスラーだったか、、、、立場をわきまえず、彼にまた熱弁してしまったのです。

 

その男性は「へぇ!そうなんですか。。。」とただニコニコ笑って話を聞いてくださいました。何よりも驚きは、いまだに、彼女のプロレスの映像をビデオなり、インターネットでご覧になったことがないということ!

 

きっとかつて愛した元妻のプロレスする姿を見たくなかったのでしょう。

 

さぁ!いよいよミミさんのお店に近づいてきました!

 

もうバクバクが止まりません。

あのミミさんに個人的に対面できるなんて、、、

この世で起きていることとは思えず、、、むしろ恐怖心が

わいてくるほどでした。。。

 

あぁぁ、とうとう赤い屋根の、、、イタリアを彷彿するような

たたずまいのお店が、、、僕の座る助手席から見えてきました!

 

続きは後日。

 

 

 

 

前回、2,3年前にご本人に直接お会いした、と触れましたが今日はそのことについて書きます。

ビデオやユーチューブでしかご本人の試合を観たことがなく、映像を個人的に集めたりネット検索したり、しまくりでした。とにかく彼女の虜になっていた私はいつか直接会うことを、夢みていました。死ぬまでに1度だけでいい。。。

それがフェイスブックをキッカケにいとも簡単に繋がってしまったのです。積年の思いをご本人にフェイスブックで伝えたら、《広島でレストランやってるのでいつか来たら?》とおっしゃって下さり。。
もう、ぶっ飛びました!今すぐ広島へぶっ飛んで行きたいと!そしてその年の冬に日帰り新幹線切符を手に入れ、指定された駅まで向かいました。

ミミさんはとてもホスピタリティマインドの高い方で、不慣れな私にその地元の駅をまでの行き方を、ほんとに丁寧に教えて下さりました。そして、彼女の知人男性を私を駅まで迎えるよう段取りして下さりました。

ここからドキドキの夢のような時間が始まったのです。。。続きは後日。。


いやはや3年ぶりの更新となりました。

 

相も変わらず女子プロレス熱は盛り上がったまま。

しかし現在の女子プロレス界には気分は盛り下がったまま。

 

今や過去の古き良き時代の女子プロレスを現代に語り継ぐしかできないのでありますが。。。。

またほそぼそとその語り部をしていきたいと思います。

 

女子プロレスの楽しみ方は千差万別です。。。。私の場合は「受け身の美学」という視点から、女子プロレスに魅了されています。

そして、なんといってもコスチュームも私なりのこだわりが。 今やほとんど選手が着なくなった「ワンピース水着」。

女性の美しい肢体を。鍛え抜かれた美しい肢体を何もコスチュームで隠す必要はなく。。。。昔はそれを意識せずともワンピース水着で

ファンを魅了していたのでした。

 

その代表的な選手のひとりが「ミミ萩原」。

私はご本人の現役を知らない、クラッシュギャルズの世代(今、40代半ば)。ご本人に何年も会いたく、とうとうその夢が実現したのが

2年ほど前。直接、1対1で会い、当時のお話を、ご本人から直接聞いたのでした!!!その件は、また後日追って。。。。