数年前の3月29日。
いきつけのバイクやさんの端っこにさくらんぼが実る桜の木があって。
まだ町の中では桜が見られなかったので、携帯で写真を撮ってメールで送った。
送ったのはこんな私に10年も向き合ってくれたお父さんみたいなオッチャン。
おやじとは早くに別居し、おやじは事件に巻き込まれ余命宣告されていたのに余命すら生きることもできず、天国へ。
早くからおやじと離れていたためか、ちょっとファザコン??のわたしは職場で不健康そうに色白で、でっかい顔、でっかい声。でっかい体のオッチャンに出会った。
最初は怖くて気持ち悪くてあんまり関わりたくないな…って印象だった。
だけどやさしく、時には厳しく接してくれるオッチャンに徐々に魅かれていった。
そんなオッチャン余命宣告されて数年。
最後のやり取りが数年前の3月29日。
さくらんぼの桜が咲いていて、「暖かくなったらお花見にいこうね」とメールした。
写真喜んでくれて、「うれしいよ、ありがとう、お花見行こうね。」っと返ってきた。
それが最後だった。二日後、オッチャンも天国に行ってしまった。
亡くなる瞬間に立ち会わなかったからか、しばらくはどこかででっかい声が聞こえはしないか、でっかい体ででっかい顔のオッチャンが目の前に現れるのではないか。毎日そんなことを考えていた。
オッチャンがいなくなって数年。私の生活環境も変わり、言い訳にしかならないけど、オッチャンがいないことが当たり前になった。オッチャンのことを思い出すのはふと寂しくなった時だけになっていた。
こないだの3月29日。知り合いが「とても大切なお世話になった人が体調崩した」とショックを受けて動揺していた様子。私はオッチャンのことを思い出し、複雑な思いだった。そんな日に限ってラジオで「人は二度死にます、一度目はその人の命が途絶えた時、二度目はその人が忘れられた時。」と聞こえてきた。
私は自分の愚かさにびっくりした。
そう、私はあんなに可愛がってくれていたオッチャンを改めて殺すところだった。
一日が、とてもつらく、たまたまカウンセリングの日だったのでそのことを話した。何かの巡り会わせで3月29日という日が私にはあるのだろう…
そして、知り合いの大切な人も先日亡くなったそうで。
どんな言葉が心の支えになるのかいくら考えても思い浮かばなかった。
私の時と同じで、まだ実感がわかないとのこと…
忘れないでいてあげてください。そう、ずっと、ずっと忘れないでいてあげてください。
亡くなった方にしてあげられることはそういうことなのかなっと思う。
桜が咲くと悲しくなるのは私だけで…