翌2003-2004シーズンにレイカーズはゲイリー-ペイトンを獲得、フィッシャーは大物ポイントガードに先発の座を譲った。プレイオフのカンファレンス準決勝では再びスパーズと対戦したが、お互い2勝ずつした状況での第5戦において、フィッシャーのキャリアでのベストショットが生まれた。スパーズのエース、ティム-ダンカンに難しい体勢からのフェイダウェイショットを決められ、残り0.4秒で73-72とリードされた。レイカーズは、3度のタイムアウトの挟んだ後、ペイトンからのインバウンドパスで、ラストショットをフィッシャーに託した。僅か0.4秒の間にボールを受け、振り向きざまにフィッシャーの手から放たれたボールは、試合終了のブザーと共に見事バスケットに収まり、フィッシャーはレイカーズに大逆転勝利をもたらした[4]。その後レイカーズはファイナルまで進出するが、デトロイト-ピストンズに敗れた。このシーズンを最後にレイカーズは解体され、フィッシャーはゴールデンステイト-ウォーリアーズに移籍した[4]。
ゴールデンステート-ウォリアーズ[編集]
ウォーリアーズでは優勝経験を持つベテランとしての役割が求められたが、最初のシーズン中にチームはスターポイントガードのバロン-デイビスを獲得し、フィッシャーは彼のバックアップに回った。ウォーリアーズでは2シーズンプレイした後、2006年にユタ-ジャズに移籍した[4]。11月にフィッシャーはNBAの選手会会長に就任。この年に変更された公式ボールに対し選手の間から不満が噴出した際には、ボールを以前のものに戻すよう協会に働きかけ、それに成功している。