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ゲリンはニックスに合流してから2年目の1957-58シーズンからは早くもチームの中心選手となり、この年には16.5得点7.8リバウンド5.0アシストを記録。以後、順調に成績を伸ばしていき、1959-60シーズンには平均得点を20点台に乗せ、1961-62シーズンにはキャリアハイとなる29.5得点6.4リバウンド6.5アシストを記録し、ゲリンはニックス史上初のシーズン通算2000得点達成者となった。

この間、ゲリンは幾つかのチーム記録を作り、1958年12月12日のセントルイス・ホークス戦では21アシストを記録。これは当時のニックスのチーム記録となると共に、41年後にジョン・ストックトンに破られるまではマディソン・スクエア・ガーデンにおける最多アシスト記録だった。また1959年12月11日のシラキュース・ナショナルズ戦では当時のチーム記録となる57得点を記録した。

ゲリンはすぐにニューヨーカーたちのお気に入りの選手となり、1957年からは6年連続でオールスターに出場し、オールNBA2ndチームにも3度選ばれるなど、個人としては華々しいキャリアを積み重ねてきたが、一方ニックスはゲリンが在籍した8シーズンの間にプレーオフに進出できたのは、僅かに1回だけだった。そしてゲリンが31歳を迎えた1963-64シーズン序盤に、セントルイス・ホークスに現金と2巡目指名権との交換でトレードされることになった。この時点でゲリンのニックスでの通算得点は、カール・ブラウンに次ぐ2位だった。ゲリンがホークスの選手として最初にマディソン・スクエア・ガーデンのコートに立った時、ニックスのファンたちはスタンディングオベーションで彼を迎えた。