1986年の優勝はアワーバックが監督また球団運営関係者として経験した16度目の優勝で、また最後の優勝経験となっている。アワーバックは1984年以降球団社長の役職に就いていたが、高齢から次第にチームの運営を他に任せることが多くなっていった。1997年から社長を退き球団副理事の身分となり、2001年に再び社長の役職に就いていたが、チームの業務に直接関わらずに近年は実家のあるワシントンD.C.で暮らしていた。
業績と受賞歴[編集]
監督としての勝ち数は938勝で、この記録は1995年まで破られなかった。監督としての優勝回数は9回で、これはフィル-ジャクソンに次いでNBA歴代2位。(1位はフィル-ジャクソンが持つ優勝回数10回。)監督時代にオールスター戦で指揮を取ったのは11回(地区で最も高い成績を上げているチームの監督がオールスター戦で監督に選ばれる)。
1965年に最優秀監督賞受賞。1967年以降、同賞を受賞する監督には「レッド-アワーバック-トロフィー」が授与されることになった。1968年に監督としてバスケットボール殿堂入りを果たした。NBA25周年の1970年には歴代最優秀の監督に選ばれ、1980年にはプロバスケットボール記者協会よりNBA史上最高の監督に選ばれた。また1980年には、選手人事の面で優秀な業績を残した者に与えられる賞 (NBA Executive of the Year) を受賞した。NBA50周年の1996年には、リーグ史上最も優れた10人の監督の一人に選ばれた。