思考の合理化もさることながら、
行動の合理化も必要である。
合理性から逃げてはいけない。
自分を苦しめるのだから。
自分を過信してしまい
その期待に答えられずに
自信がなくなっていく。
期待に答える自信もない。
ではその過信はどこからくるのだろう。
合理性からの逃避。。
思考の合理化もさることながら、
行動の合理化も必要である。
合理性から逃げてはいけない。
自分を苦しめるのだから。
自分を過信してしまい
その期待に答えられずに
自信がなくなっていく。
期待に答える自信もない。
ではその過信はどこからくるのだろう。
合理性からの逃避。。
「年配者は敬うべきである。それは、年をとるだけ学んでいることは増えているからだ。尊敬し、先人に学ぶべきである。」
当時某W大学に在籍していた方ー友人と呼ぶには恐れ多く、また彼の定義どおりいけば一つ年上の彼には敬意をはらうべきだーから頂いた言葉。
自分も「年をとればわかるよ」なんて年寄りじみた言葉を吐くようになってきた頃だったので馴染み易く、実際に今も行動の指針である。
しかし、
なんだかなー。
今日顔本に中学の同級からの申請が来た。
その人のプロフィール、雇用者の欄にはGEの文字が。
いつの間にか、世界的な大企業で働いていたようだ。
個人的にGEには好意を持てないが、
それでも、賞賛すべきことだろうし、
なにより嫉妬、そして自分の無力さを感じる。
私は地方の中学の出だ。
その地域では有名進学中学校だった。
現に、当時目立つことも、話題にのぼることも少なかった人間が、
今はGEの社員である。
個性とプライドの坩堝の中で、
プライドを貫き、独創性を追求していた日々。
トップの成績を納めていた自分が今は地に堕ちた生活をおくっている。
彼は世界で仕事を吸収していく一方、
私は・・・。
同い年なのに、
その時々でレベルの違いを感じる。
まとならないけれど、
時間がないので、
このへんで。
はじめまして。八国です。
感情の整理に、日記をつけていこうと思います。
このようなまとまりの無い駄文を世に公開してしまうことの是非を問われると、
なんともお返事致しかねますが、
何分ご覧になる方も少ないでしょうし、
いつの日か何かしら公開する意味をもつ文書録へと成長していったら、
という願いを込めて、
今日よりつらつらと書き残していこうと思います。
H23.8.3
八国