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第50話:やっとわかった縄文時代

博物館に行くと必ず人類の進化のコーナーがあります。サルから現代人まで一列に並んで歩いている、あの見慣れた図を見ながら、人間の先祖はサルだったのだなと納得し、さっと通り過ぎていきます。

最近、縄文時代に興味があって、一体縄文人は、何者で、いつから日本にいたのだろうと、急に知りたくなりました。

私のこれまでのあやふやな知識では、チンパンジーから出発し、二本足で歩く猿人、原人が現れ、それが更に進化して、今の人間になります。

ところが人間といっても、ネアンデルタール人や、クロマニヨン人がいて、いったい今の私達人間との関係はどうなっているんだろうというのが、今一つよくわかりませんでした。

そんな折、国立科学博物館で、ちょうど氷河期の特別展「人類が見た4万年前の世界」をやっているのを知り、キャンプ地の茅野から特急あずさに乗って、上野に向いました。

氷河期は、地球が凍ってとても寒い時代でしたが、地球中が氷に覆われていたわけではなく、ちゃんと草原などもあり、大型動物も暮らしていました。

とはいっても寒いので、氷河期以前からいたマンモスも、シカも、ウシも、クマも,サイも、みんなふさふさした毛でおおわれるように進化しました。










丁度そのころ、地上にはヒト属のホモ・サピエンス(現代の人間の先祖)と、ホモ・ネアンデルタレンシス(ネアンタール人)が棲んでいました。

この両者は同じヒト属ですが、種が違う別々の動物です。

例えば、イヌとオオカミは違うように見えるけど実は同じ種なのですが、犬とコヨーテは同じイヌ属でも別の種類です。ネアンデルタール人が、クロマニヨン人に進化したのではなく、形はよく似てるけど、イヌとコヨーテのように、もともと別の種なのです。

40万年ほど前から、地球上には、猿人から進化したこのホモ・ネアンデルタレンシス(ネアンデルタール人)が棲んでいました。

ところが時を同じくして、アフリカにも同じヒト属のホモ・サピエンスが棲んでいました。そして、今から10万年ほど前、このホモ・サピエンスはアフリカからヨーロッパへと移動をはじめます。

ホモ・サピエンスもまた石器を使っていましたが,石器などの道具の性能もよく、また脳が発達して頭もよいので、ネアンデルタール人より上手に狩りをしました。彼らはマンモスだけでなく、ついでにネアンデルタール人を行く先々でやっつけていくので、とうとう3万年ほど前に、ネアンデルタール人は地上から消滅しました。

そうなると、地上はホモ・サピエンスだけになります。

クロマニヨン人というのは、フランスのクロマニヨンの洞窟で発掘されたホモ・サピエンスのことです。骨格から肉付けしていくと、こんな風貌だそうです。(写真)西部劇に出てくるジェームス・コバーンみたいなかっこいいヒトが、もうこの原始時代にいたのです。



容姿は気候風土によって変わってくるので、世界中にジェームス・コバーンがいたわけではありません。シベリアや中国に落ち着いたホモ・サピエンスは、アジアっぽい顔に、インドネシアの方に落ち着いたホモ・サピエンスは、南方系の顔になっていきました。

以前沖縄県立博物館でみた、港川人(港川遺跡から発掘された日本最古のホモ・サピエンス)は、この南方系の顔だちです。

だから、もし名古屋で3万年前のヒトの化石が発見されたら、クロマニヨン人みたいに、ホモ・サピエンス名古屋人と命名されるかもしれません。

このホモ・サピエンス名古屋人(仮称/もちろんそんな種はない)は、南方ルートで入ってきたホモ・サピエンスと、海を渡って大陸から入ってきたホモ・サピエンスと、氷河期に陸続きだった樺太の方から入ってきたホモ・サピエンスが、名古屋の地で合体して、3つの種が混じりあってできたという風に、私なりに解釈しました。同じ日本でも、地方によって、なんとなく顔立ちが違うのは、たぶんこの3つの入り混ざり具合だと思うと、納得できそうです。

貝や、木の実を食べていたホモ・サピエンス名古屋人(仮称)も、やがて縄目で模様などつけた土器を作るようになり、基本的には今の私たちと変わらず、家も建て、着る服をつくり、煮炊きする生活文化をもった「縄文時代」が始まります。およそ1万3000年くらい前のことです。

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