時がたつのは速いもので
もはや震災から一カ月がたちます
マスコミもすっかり震災ネタが尽きてきたのか
視聴者が震災ネタに飽きたのか
報道の熱が冷めてきた今日この頃ですが
被災地では今でも復興のために働き続けている人たちがいるわけです
そのおかげで
東北道も復旧し
南三陸道も通れるようになりました
被災地で頑張っている皆様
本当にありがとうございます
そして
現地のために寄付寄贈して下さった皆様
本当に本当にありがとうございます
という事で
今回は会社の先輩と
第三回の救援物資搬送に行ってきました
と言っても
もはや避難所の方へは
国や地域から大掛かりな救援物資が届いているわけで
今回は割と身近な人たちへの救援がメインです
自分勝手でしょうか?
僕は
そうは思いません
家族とか親戚とか
まずはそういった人たちがいつも通りの生活を送れるようにするのも
正しい救援だと思います
という事で
僕も友達のところへ
水や食料
その他諸々を届けに行きます
まずは多賀城経由で石巻へ物資を届けた後に
河北から北上川沿いを下り
白浜から小指、神割崎を通り戸倉へ抜けるルートを通りました
このあたりは
海水浴場があったり
河口付近でスズキとかヒラメが釣れるので良く釣りにも行きました
実家から山一つはさんですぐのところなので
どうなっているかと思いましたが
…案の定酷い有様でした
すべてが無くなっていました
釣魚情報を聞きに行った小さな釣り具やも
海水浴の後アイス買った駄菓子屋も
うるせーマフラーつけて小馬鹿にしながら通り抜けた駐在所も
全部なくなっていました
集落が消えたのはもちろん
砂浜
堤防
道路…
人が作ったものはすべて破壊されていました
復旧のために作業員の方が働いていましたが
集落に人影は無く
小学校も鉄骨が残っている程度でした
このあたりは
マスコミに取り上げられもしないような小さな集落ですが
そこにも人は居て
町があり
それぞれの生活が有った場所です
住んでいた方々は今どこにいるかわかりませんが
どうか無事である事をお祈りいたします
で
戸倉をぬけ
志津川へ
高台にあって
家が無事だった友達のところへ行きます
家は有りますが
ライフラインは全滅で
陸の孤島になってしまっている地域です
本人も地震の後海に近い職場からは避難して
津波からは逃れる事が出来たそうですが
職場は消滅し
今は休職状態らしいです
それでも
無事を確認し
顔を見れただけでも良かったです
でも一つだけ悔しかったのは
行く途中
生まれ育った町なのに
すべてが無くなってしまった
町並みを思い出す事が出来なくて
がれきの中、迷ってしまいました
不甲斐ない…
で
渡すもの渡して
親父を観洋(職場)で拾って実家へ
実家には一般の被災者向けに頂いた服や布団や食べ物を置いて
困ってる避難所で分配してもらう事に
やっぱり地元の事は地元の人が一番分かりますしね
で
今回の物資搬送は終了…
段々道も整備されて
親戚や知人のところへ物を運ぶ機会も増えてくると思います
でもやっぱり被災地は被災地です
今まで知っていた町とは全然違います
通れていた道も無くなっているかも知れません
破壊された建築物の釘や道路の段差でパンクするかも知れません
JAFよんでも今までと違ってこれないかもしれません
やっぱり自分の尻は自分でぬぐえる準備をして
現地に入るようにしてください
…まぁ自分への言い聞かせなんですけどね
今回パンク修理キットを持っていくのを忘れてしまいました
三回目ともなると帯が緩くなってきてしまうので
もう一度気合を入れなおさねば!
今回も救援のために
物的、金銭的な援助をして下さいました皆様
一緒に来て下さった9城さん
そして心的なケアをして下さった方も含め
本当にありがとうございました
まだまだ町はゴタゴタですが
現地は一歩一歩前へ前へ進んでいるようです
復興したその時には
是非三陸へ遊びに来てください
ちょっとくらいなら案内できます(^^
さてさて
明日は健康診断です
忘れててつい酒飲んじゃった
どしよ…
後藤値☆三陸3回目