久しぶりに聴いたけど、やっぱりこの曲好きだなあ

タイトルがもう、ね

歌い出しのフレーズで、めぞん一刻の管理人さんがお天気の朝に洗濯物干してる姿が思い浮かぶ

『ひび割れた胸の隙間に幸せ忍び込むから』
ってフレーズもたまらん

悲しいことは突然やってくるけど、同じように絶望の中でも、ふと幸せだと思える瞬間もやってきてくれる

そう言う意味だよね?

『…きっと約束よ』
『…だって約束よ』
ってのは、頭ではそう思ってても、やっぱり辛くて負けそうになる
「でも頑張るから!」って感じなのかなあ(ρ_;)


今まで歌の歌詞って掘り下げて考えてこなかったけど、たった数分の中に作詞家の心情が詰め込まれてるんだろうね

じっくり吟味しようと思う。
「人は平等ではない」との声を耳にするが、あらゆる生物は平等である

そうあって欲しい、そうでなければならないというのが、私の持論だ

『あらゆる時代のあらゆる生物が平等である』
これを前提に考えれば、究極のところ、それを『一』と考えれば解決しうる

私は君で、君は私なのだ

全ての時代の全ての生物を、私が、君が、輪廻転生すれば、これ以上の平等はない

今いる君は、私の前世か来世なのだ

人間が人間である以上、これを証明もできなければ実践もできないかも知れないが、この解釈を胸中の根本に留めることが、世界平和を実践するに於いて、君の幸福を願うに於いて、私の説く『法』である
「無駄でも勝ちたい」
この台詞にグッときた

多分、原作者の思惑以上に感銘を受けたと思う
聞いた瞬間、身震いして、涙堪えるのに必死だった

十年程前から、無駄なことは一切しなくなったから
大好きだったTVゲームだけじゃなく、『遊び』というものを捨ててた

そうするしかなかったんだけど
でも、正しくはなかったんだろう
慢性的な耳鳴りやら舌痛やら、身体の不調が当たり前になってて、ストレスを当然と解釈して解消しようとさえしてない

この心身の状態が異常で、改善する必要があることは認知してるが、もう、この状態が当然になりすぎてて、他の人の普通の生き方すら分からない
実践できない

全ての行動に何かしら意味を持たせて、効率的に生きなきゃ、時間が勿体無くて仕方ない
そう思ってしまう

多分俺は、今生きてて楽しくないんだろう
確かに最近、いつ死んでもいいやと思うことが度々ある

暫くブログを更新しなかったのも、これを自分自身無駄だと思ってるに他ならない

極論を言えば、生きていることさえ無駄なことで、そうじゃないと解釈しうるに足る持論があるからこそ今まで生きてたのだけど、でもそれは、結局のところ『無駄』というものを否定してたわけだ

無駄なことにこそ意味がある

無駄なことは素敵なことだ

この作品は、そう思わせてくれた
無駄なことを肯定してくれた

これからは、無駄なことも沢山しようと思う

思い返せば、心に残ってる大切な思い出は無駄なことばかりだ

無駄と思えることはそこで完結し、思い出として完成してるからなんだろう
だから思い出して心地良い
暖かい

何もかも過程にしてしまえば苦しいだけだ
碁を打つかのように、全部未来に繋げようと生きてた俺は間違ってたんだろう