ずっと開かず、いつの間にか2年以上が経っていた。
当時書いていた時が2018年の10月。
今は2021年の3月末となる。
この2年以上で、生活も色々変わり、住む場所も引っ越している。
しかも引っ越しは二回。
何が起こったのか。。。
そう、ぎりぎりの状態から、運よく吹き返した。
もうこれは腹をくくり、自営業から、会社員として何でもいいから働こうと思ったときである。
一つ大きな仕事が、降って湧いてきたように入ってきた。
「やってみないか?」
そういわれて、自分の中に選択肢はなかった。
「はい、やらせてください。」
と速攻、即決をする。
そこからは、寝る間も惜しんでただひたすら仕事をしていた。
奥さんは身体が治るまで休暇、そして子供が無事に産まれて、ここから、育児と家事と仕事をこなすことになる。
やり切れるかどうかは当時は考えることもしなかったが、今思うとよく全てをやっていたなと思った。
もちろん、育児と家事は奥さんにもやってもらっている。
朝から夜までは外出して仕事して、帰宅後も子供がおなかがすいて泣いてしまったら、ミルクをあげて、また自宅でできる仕事をこなし、夜中子供が目を覚ましたら、またミルクを上げて、落ち着いて寝たらまた仕事に戻りを毎日繰り返していた。
子供にミルクを上げながらや、だっこしながら、ソファの上で自分も寝てしまい何度も怒られた。
けどそれを毎日繰り返していたおかげもあり、収入はどんどん増えて、安定していく。
いくつかできる仕事があるので、どの仕事も、この年は忙しくなった。
全てはお客様のお陰でもある。
2018年の頃の気持ちの不安はどこにいったのだろうと思うぐらいだった。
それが2019年になる。
身体はかなり犠牲となったが、本当にスケジュールも何か大きな流れに任されているように、ブッキングすることなく、全ての日にちが埋まる。
こんなこと本当にあるのかと思うくらい、、すごい経験が出来たと、今は思う。
今はコロナの中、2021年になり、世の名k的にも不安はまだ残っているが、2020年のコロナウイルスが日本に上陸となった、この一年よりは、大分気にされていなくなっている気がする。
これがいいことなのかどうかは、正直何ともであるけど、経済的に苦しい状況の人たちが、少しでも多く復帰できるのであれば、それが一番良い。
自分自身は2020年も、2019年よりも大分生活の仕方も変化したが、とりあえず一年、無事に乗り越えることができたので良かった。
本当に運が良いと思う。
給付金にも素直に助けられた。
そして、今は世の中の動きがまた去年とも違う流れで動いている。
SNSなどを本格的に活用している人たちが増え、個性が吐出していて、個人個人の今まで埋もれていた才能があふれ出るように、色々なところで活躍を目にする。特にYouTubeの普及は凄かった。
個人で稼げるようになったおかげで、身軽さや、自由度はかなり上がったように感じる。
ただ、その一方で、言葉での表現がより鋭くなっているようにも感じる。
色々スパスパと関係なく言いたい放題に。。。
実際にその影響で2020年には亡くなられている人も存在する。
一体感や上昇力も強いが、その反面、乖離が強く起こっていて、その感覚で耐えられなくなり言葉として出てきているようにも感じる。
コロナウイルスの影響で環境が制限され、SNSでは格差が生まれ、うまくいっている人とそうでない人で、現実に戻った時の焦燥感や虚しさ、孤独感をより感じるようになっている。
そして、集団的まとまりや一体感、集合的影響などが、所々で確認でき、その反面の影響で集団的言葉の刃物が大きく飛び交っているようにも感じる。
外れている人への疎外感。
言いたいことを軽く言えてもしまう様な時代の成り立ち。
良い面も良く無い面もどちらも鋭利である。
ネット社会も今年を通して、どのように向き合い付き合っていくかを深く考えていくことになる。
何も考えてなければそれが一番だけど、そのせいで逆に考える人も数多く存在したりもする。
良い面も悪い面も殻の無い状態で直ぐ突き刺さるイメージ。
内観の軸をブレずしっかり持つことを一番大切にしていこう。
現実を見ているときに、本当に何が一番大切で、幸せなのか。
自分でしっかり選択していく。
今年もやれるだけやっていこう。
