共依存関係の母を亡くして茫然自失状態だったある日、

現実逃避するために海外ドラマを観ようと思った。

というのも、かれこれ20年に渡った母の介護生活の後半、

唯一のストレス解消、現実逃避の手段が海外ドラマ鑑賞だったからだ。

 

喪失の哀しみで泣いてばかりの毎日、

暗いテーマの作品は避けようと、死と正反対の誕生をテーマにした

イギリスの助産婦のドラマを選んだ。

『Call the midwife』というこの作品は1950年代のロンドンの下町を舞台にしている。

midwifeが助産婦であることを初めて知ったが

言いえて妙な英語だと不思議な納得感を覚えた。

 

ある助産婦の自伝をベースにした作品のようだが、その主人公は

シーズン1で姿を消す。

シーズン1で完結したかのように思っていたら

今やシーズン6まであるので評判のドラマだったのだろう。

 

少し話がそれたので元に戻す。

ここからはネタばれだが

助産婦の話なのであたりまえだが毎回赤ちゃんが誕生する。

シメシメと思っていたら、主人公のボーイフレンドが事故に遇い、

回復して退院間近になり、主人公が彼との週末の旅行を約して

見舞いを終え、病院を出た途端に

ボーイフレンドは血栓が心臓に廻り、今で言うエコノミー症候群で急死してしまう。

「さっきまで元気だったのに・・・」と泣き崩れる主人公を観て、

臨終直前まで元気だった母を思い出し、

泣かないために観ているドラマでなんで泣かなきゃいけないんだと思いつつも

私も涙が止まらなくなった。

 

そんな時、泣きじゃくる主人公に

彼女に孫を取り上げてもらった一人の老婆が声をかける。

「今は悲しくても、ただ生きるのよ。また生きようと思うまで」と。

その「ただ生きるのよ」と字幕にあった言葉が

just livingであった。

 

実際、葬儀で母に「早く迎えに来て」と叫んだ私は

どうして生きればいいのかわからない状態にあった。

また生きようと思う日が来るのかどうかはわからないが

just livingという言葉が胸に刺さった。

そうか、ただ生きればいいんだ。

 

そんなわけで私はただ生きている。