日本旅行がだいすきで、すでに数度の日本旅行の経験があるベテラン中国人女性社員がリーダーとなり、9名の中国人社員を引率することになった。
このリーダーになる社員はなかなかソツのない人で、エクセルでしっかりとした旅行日程表を作成し、どこで食事をするかまで決めてある。レストランはネットで評判をしらべて選んだそうだ。ちなみに中国人はネットでレストランの評判をチェックするのがだいすきだ。
そのリーダー社員が近付いて来て、日程表に記載されたレストランに電話をして予約を取ってほしいという。一週間ほどかけて奈良、京都、大阪と周る旅程なのだが、各地のいかにも美味しそうなレストランでの夕食が組まれている。さぞかし、一所懸命しらべたのだろう。おやすいご用だ!と引き受けた。
順番に電話をかけて予約をとって行く。上海からスマホでかけているせいか、日本側の相手の発した言葉の到着が微妙に遅いが、それを計算に入れて会話すれば問題なかろう。
大阪の松坂牛レストランに電話をかけた。
「すいません、予約お願いしまーす!」
元気よく私は言った。
「ありがとうございます!コースはどちらでいかせていただきましょう⁉︎」
松坂牛レストランの人も元気よくそう答えた。
コース⁉︎ これは、当然のことながらリーダー社員に確認をせねばなるまい。
「へええ、松坂牛の料理にもコースがあるんですねえ!どんなコースがあるんですかねえ?」
リーダー社員にコース内容を伝え選ばせるために情報収集に出た。
「.....」
一種の沈黙があった。おそらくこれも上海と大阪の距離による音声の到着の遅れによるものであろう、と気にせず私は彼の次のことばを待った。
「あのう、うちは松坂牛はやってないんですけど...」
おどろくべき回答を私は耳にした。
「ええっ⁉︎ 松坂牛をやっていない⁉︎ あ、あのうおたく松坂牛レストラン"A"さんですよねえ??」
まさか、日程表の中の別のレストランに電話をかけてしまったのか?と私は確認をとろうとした。
「......」
ふたたび、微妙な沈黙タイムがやって来たのち、電話のむこうの男性は言った。
「.....あのう、おたくだいじょうぶですかね....」
「は?」
「うち、ミナミの風俗店ですねんわあ。松坂牛レストランとちゃいますねん」
「ソラ、えろう、失礼いたしました!」
いきなり真顔になり電話をきった私をそばにいたリーダー社員は不審そうな顔をして見ている。
「どうしましたか?」
リーダー女性社員は私に聞くが、まさかあやうく松坂牛の代わりに風俗店の予約を取りそうになったとは口が裂けても言えぬ。
ダンディに浮かべる余裕の微笑みの裏で冷や汗をぬぐいながら、私は電話番号を再度確認のうえ、松坂牛レストランに電話を試みたのであった。