酷いニヤけ顔で奴が近づいてきた。
「へっへっへっ」
この顔でニヤけると、薄気味悪くて仕方がない。分厚い眼鏡の向こうの暗い瞳に光があるし、常時赤ら顔の頬は少し黒ずんでいるし、唇はもちろん乾燥していて薄皮がめくれているし、髪の毛の妙な光沢は………もう、何も言うまい。
「何だよ。気持ち悪い」
これは私の本心だ。それについて古田は受け入れている。気持ち悪いと言われても何とも思わないそうだ。
「そうだ、そうだ。気持ち悪いねえ。でさあ、面白いモノを作ったんだよ。やってみる? これなんだけどね」
「また下らんゲームか? 仕事しろよな。この前の企画はどうしたんだよ」
「あれ? あれは、ただの血が噴き出るだけの駄作にされてしまったから、僕は何も協力しない! と言って降りた。連中は何も分かってないんだね。残虐行為ってのがさあ。それで、ちょっとやってみてよ。見たい!」
こいつの見たいというのは、こいつの趣味に付き合ってしまったが最後の、プレイヤーの顔のことだ。
「……本当にいい趣味してんな」
「へっへっへっ」
「だから、気持ち悪いんだよ」
起動する。すぐにタイトルが表示された。
「カゾク?」
「うんうん。そうだよ、カゾクさ」
「ホラーか?」
「それはプレイしてみないとね」
趣味で作ったミニゲームだし、仕事の合間に作っているから文字のフォントや背景などはいつも適当だった。
その適当さで情報量が少ないから、どんなゲームなのか想像できない。文字はゴシック体で背景は何もない。ただ、カゾク、とだけある。
古田は自分の思う残虐性を表現しようとしている。残虐とは何か、という哲学でもしているのかと思うほどだ。
古田はゲーム制作の技術も高く評価されていて、何かと忙しいはずなのだ。その合間にこういう趣味をやっている。
「ジャンルは何だ?」
「シミュレーション」
タイトル画面から進み、男女の顔写真が現れた。
「誰だ?」
「インターネットのフリー画像。誰でもいいんだよ。とりあえず性別が分かれば」
キャラクターの名前を決めると時間が進んだ。特に何も面白いことはなく、日常生活の選択肢を選んで進めるだけの退屈なものだった。
「あ、子供が生まれた」
突然、子供が生まれた。私は進めた。
「何だよ、これ」
ボタンを押して表示された文字を読む 、これだけで進む。何も目新しいものはない。
子供が成長し、他の人と一緒になった。新しい家族となって、数回ボタンを押して話を進めると、これがカゾクです、という文字が表示されてエンディングになった。クリア時間は5分もかからない。ボタンを押すだけだから、 文字を読まなければ1分もかからずクリアできる。
「全く意味が分からない」
「へっへっへっ。まだあるよ」
もう一回始める、という文字が表示され、ボタンを押すと最初からになった。
「何かが変わるのか?」
「いいからやってみてよ」
最初から始めてみる。
「何だよ、これ。知能レベルだって?」
「うんうん」
古田は嬉しそうにニヤけている。何かが始まった証拠だ。
知能レベルは下げることしか出来なかった。そして、 選ぶ選択肢の内容も知能が低く感じられるような表現になっていた。繰り返しクリアすると、食べる、寝る、移動する、のような単純な動作しか出来なくなった。
「古田。これはどうかと思うぞ? これのどこが面白いんだ。もう止めるぞ」
「待って、待って。もう少し。もう少しなんだ」
私は、もうここで嫌になって止めたかったが、古田の満足する最終的なクリアが何なのか知りたい気持ちもあった。
タイトル画面からキャラクター選択になった。今まではキャラクター 選択は出来ず、ランダムに顔写真が選ばれるだけだった。
「好きな動物を選んでください……?」
「佐伯はどれが好きだい?」
犬、猫しかない。種類があるが、私は犬のラブラドールレトリバーを選んだ。
「……これは……」
私が選んだラブラドールレトリバーに子供が出来た。
話を進める。話の流れは変わらず、結局他の犬と一緒になるかと思うと、
「何で人と一緒になるんだよ」
古田は何も言わずにニヤけている。
「気持ち悪いなあ……」
本当に気持ち悪いのだ。何か闇の淵を望んでもいないのに、無理矢理に見せられている感じがする。
そして、最後のエンディングになり、
「Final……。これで最後ってことか」
ボタンを押しても何も進まず、画面には変わらず、
「これが、カゾクです」
と、表示されている。
「意味が全く分からない。このゲームは、何をクリアしたというんだ」
「 何か感想は?」
「そんなものない。あるとすれば意味が分からない、だけだ」
「そうかあ。分かりにくかったかな」
「何かメッセージみたいなものがあるのか?」
「まあね」
特に何もなかったが、私はどんなメッセージがあったのか振り返ってみた。
まず、家族ができる。男女がいて、子供ができる。その子供が新たな人と巡り会い、新たな家族となる。最初はそこでクリアとなる。
そして、周回していくことになるが、知能が低くなるという意味不明な効果が発動し、 人だったものを侮辱するような内容となっていき、とどのつまりが犬猫になるようキャラクターを選ばされる。
その犬猫が新たな主人公となり、何故か人と一緒になって家族となる。人相手は変わらない。そして、エンディングとなる。
「うーん。ペットか何かなのか? でも、これのどこが残虐なんだ。やっぱり分からない」
と、私が言うと、古田は我が意を得たりと言わんばかりに声が大きくなった。
「そうなんだよ! そうなんだよ! 通じて良かった! もう一押し!」
「メッセージって、なぞなぞか? これなーんだ、でペットです。で、終わりなのか?」
「どうやってペットになった?」
「え? いきなりだよ」
「そう! いきなり。いきなりだね! ああ、佐伯は見てたと思うけど、ペットになる前に、犬猫――いや、犬は犬のところの子供で、犬の家族がいたんだ。それで、その家族から離れて急に人のところに行って、家族になったんだよね! それでね……」
「もしかしてだと思うけど、古田の言う残酷なところは、もともとの家族のところから犬を連れてきてペットにする、というところなのか? 家族を壊す、とか何とかで」
少し分かった気がして、私は古田の話を遮って発言した。
「うんうん。でも、それだけだと不十分……」
古田は曇った眼鏡のレンズを拭いてかけ直した。
「凄いよね。人は犬猫―― ペットを家族と表現する。それがペットに対する愛情だとしてね。本当に凄い、鳥肌が立つ! それでもっと凄いことに、ペットたちは人より知能が低い。だから、家族とかの概念や人のルールなんて分かったもんじゃない。分からない知能の低いことを良いことに、家族を壊して家族扱いして、うちに来てくれてありがとう、とか言うんだぜ? 本当に鳥肌が立つ!」
古田は声が大きくなって興奮していた。口の端に泡が溜まっている。
古田は言った。
「佐伯。僕とどっちが気持ち悪い?」
