たった今、キスをせがんだ同じ口とは思えない理性的な台詞を僕は口にした。


銀さんは不服そうにブツブツ何かを言っている。

でも、暫くしたらまた、ふわりと柔らかく笑うんだ。いつもの顔で。そうしてコロコロ変わる理不尽な僕の主張に、振り回されてくれる。

僕の顔が、今、真っ赤なのも、僕がやっとの事で理性を保ったのであろう事も、きっと、お見通しなんだ。

でも…僕だって、知ってましたよ。銀さん。


貴方に、過去の記憶にうなされて眠れない夜があることを。
何があったのかまでは分からないけれど、僕なんかの想像もつかない色々なものを、一つ一つ背負って生きてるって事くらいは。

そんな貴方が、僕だって…

僕だって…

せめてもの抵抗で、何も無かったかのようにわざと掃除機をガシガシと、かける。
それでも。


愛の告白まで、このまま何も無かった事にするのは卑怯かも知れないと思った。





ゴミ箱をずらしながらその下のゴミを吸い出す。

「…銀さん…」

結局掃除は僕にまかせて、またジャンプを読みだした大人に、一応聞いてみた。



「んあ?…」

「さっきの返事、した方がいいですか?…」

銀さんがふわりと笑った気配がする。顔が火が出そうな程に熱いから、恥ずかしくて銀さんの方は見れないけれど。多分、笑っている。



「…いや、…いいよ…」

そのあとに、『聞かなくても、分かってるからねん♪』と続けられた気がして、やっぱりこの人には敵わないと思った。

―ガラガラ!!

扉を開く音がした。

「只今、帰ったアルー!」

―ドスドスドス!!

地鳴りに近い音を鳴らしながら、戦闘力がありすぎる娘一人と、あまりにも巨大すぎる犬一匹が、万事屋に帰ってきた。

「よぉ! 神楽、早かったな」

あ、危なかった…。

いつもと変わらない万事屋の風景が、このまま変わらないで、本当に、いつまでも続けばいいと思った。

fin.