前回ギランバレーの記事を書いてからだいぶ間が空いてしまいました

うどんさんの部屋から花火を見た8月頃のことから書いていきます。
この頃の私は、やっと車椅子に慣れてきて座っていられるようになっていました。
車椅子は、本来、両脇の車輪を自分で回して動かすのですが、まだきちんと手をグーに握れなかった私は、手のひらの下のほう、手首に近いところで少しずつ車輪を動かす練習をしていました。
ですが、まだ自分の体重のかかった車輪を動かせるほどの力は全然ありませんでした。
足が動く人は、手で動かさずに足を歩くように動かして移動している人もいましたが、私はまだ足を車椅子の足台にのせるのも出来ず、乗せてもらっていました。
それどころか、この頃はまだ、その足台から足が落ちてしまっていても見て確認しないとわかりませんでした。
落ちてしまったまま車椅子が動いてしまうと、足首が前にお辞儀をしたまま巻き込まれてしまうのでそれがとても怖くて頻繁に確認していました。
そんな中でも旦那は、食後に歩行トレーニングをしている患者さんを見て、私にも自主的にトレーニングをしたほうがいいと提案しました。
最初は旦那についてもらって、まずは病棟の廊下を手で押して移動する練習をしました。
最初は、ほんの少しでもう動かせませんでした。
なぜ、最初、旦那についてもらって練習したかというと、途中で車椅子を動かせなくなってしまうと、そこから誰かスタッフの人が通りかかるまでその場所から動けなくなってしまうからでした。
当時の私は前にも書きましたが、気管切開のカニューレがとれたばかりで、声も小さくて、とても声を出して人を呼べる自信もありませんでした。
おまえ、これサボらないでちゃんと毎日やれよ

それから私は毎日、食後に病棟の廊下を車椅子で往復しました。