食堂での患者さんたちとのコミュニケーションに心を開けるようになってきた私でしたが、食事はまだまだ、しばらくの間は食べさせてもらっていました。

右手は転院の時から少し持ち上げられるようにはなっていたものの、指はまったくといっていいほど動きませんでした。
私がこの病気になったことで、旦那はいろいろと病気のことを調べたり、ネットなどで読める医学的な文献などを読んだり、また、同じ病気になった人のブログなども探し、私を励ましてくれていました。

その中に、手が動くようになってスプーンを持ったら鉛のように重かったという経験者の方の話がありました。

私も、少しだけ動くようになった右腕を動かそうとすると、ものすごく重かったです。
動かせるんだけど、重すぎてすぐに疲れてしまうので動かすのが億劫になる、そんな感じでした。

両親に見せるために旦那が動画を撮ってくれた時も、最初は手を振れるんだけど、もう一度振ろうとすると、疲れてしまってもう手が上がりませんでした。

それでも、手のリハビリでは少しずつ自分の力で食べるための練習が始まっていました。

手のリハビリの先生は女性で、モンブランさんと呼ばせていただきますウインク

この頃から私は体調を見ながら少しずつ、まずは病棟にあるリハビリ室に行き、リハビリをするようになっていました。

腕を少し動かせるというだけで、手首もまだぶらぶらで、そのぶらぶらの手首に指も一緒についてくる、そんな感じだったので、お箸はおろか、スプーンやフォークを持つことも出来ませんでした。
その頃ようやく出来るようになったことと言えば、自分の眼鏡がずり落ちたら手をゆらゆらさせながら、なんとか鼻のところまで持っていき上げるくらい。これがやっとでした。

モンブランさんは、いろいろと悩み、考えてくれて
まず、ぶらぶらの手首を固定できるような手袋のようなものを用意してくれました。そして、スプーンを手に固定するバンドのようなものも用意してくれました。

スプーンなども、指が丸められなくて掴めないので、持ち手に特殊なスポンジを巻いて太くして持ちやすくしてくれました。

食べる練習に、プラスチックのお皿に小さく切ってある発泡スチロールや大きめのビーズなどを入れてすくう練習をしたり、すくえたらそれを自分の口まで持っていく練習をしたり。

食べるときに腕を上げるのが大変なため、私には代償動作というものが出ていました。

動かない腕を無理やり上げるのを助けるように肩が上がってしまっていたようです。
肩を上げることで腕を上げていました。

それを見たモンブランさんは、治ったときにも肩を上げながら食べる癖がついてしまわないようにとバランサーという器具を使うことを提案してくれました。

テーブルに装着出来るもので、腕を乗せられて乗せたまま左右や前後に動かせる。

説明が難しいですが、普通にご飯を食べるときの右手、または左手を考えてもらえればわかりやすいと思います。肘は宙に浮いてて、肘から先を前後左右に動かして食べますよね。腕が重くて上がらない私はその状態を作ることが出来なかったので器具の上に腕を乗せてその状態を作っていました。

お皿も、すくいやすいように一部分の傾斜が大きくなっているものに取り分けてもらい食べるということになりました。

そしていよいよ実践ナイフとフォーク
まずは10分くらいまでは自力で食べてみましょうということになりました。