病気を治すためにやめたこと⑦

1日2Lの水を飲むこと

 

正確に言うと、

「1日2Lの水を飲もうと頑張ること」をやめました。

 

健康について調べると、いろいろなところで、

「体内の水の巡りを良くするために

 1日2Lの水を飲みましょう」と言われています。

 

私も1年間、毎日、2L飲もうと頑張っていました。

 

でも、

人によって身長や体重は違うし、

活動量も違う。

食事から摂る水分量も違う。

気温や湿度も違う。

それなのに、すべての人に一律で「1日2L」というのは、おかしくない?

 

……要するに、私はなかなか2L飲めなかったんですね笑い泣き

 

水を、こまめに、たくさん飲んだ方がいいというのは、

その通りだと思います。

 

でも、毎日、水分摂取量を気にするのが

ストレスになっていると思ったので

2Lにこだわるのはやめました。

 

そうしたら、頻尿が改善しました。

「やばい、漏れる!滝汗」みたいなことも減って、

快適になりました(笑)

 

今までは無理をして

必要以上に飲み過ぎていたのかもしれません。

 

今は、1Lの水筒に「甘帰茶」を入れて、チビチビ飲んでいます。

補給は、1日~1日半に1回くらい。
 

それ以外にも、

水・お茶・豆乳・ココナッツミルクを飲んだりするし、

料理に含まれる水分もあるので、

水分はそこそこ取れているんじゃないかな。

 

確証はないんですが、私の場合、

上顎を舌で触ると、

水分が取れている時は、ぷよぷよして柔らかいです。

水分が足りない時は、カペカペします。

 

タラーその感覚

タラー尿の回数・量・色

タラーその日の天気や温度

タラー汗の量

タラー活動量

タラー寝起きのこむら返りの有無

 

そういうものを観察して、

明らかに足りないという状況でなければ大丈夫かな?

 

「水分、足りてるかな?」と心配になることもありますが

数字に頼るよりも、

自分の体の感覚を信用しようと思います。

病気を治すためにやめたこと⑥

アルコール

 

 

神経難病・神経変性疾患の皆さんは、お酒は飲みますか?

飲むと何か体に影響はありますか?


私は、20年前、結婚して、都内から今の住所に引っ越し、
車が必須の生活になりました。車ダッシュ

そしてほぼ同時に妊娠。

それからお酒はあまり飲まなくなりました。

 

そして昨年の年末。

職場の飲み会に出席して、久しぶりにたくさん飲んだら、

その晩は、手足の神経痛がひどくなり、眠れませんでした。

 

今月、家族がお土産にワインを買って来てくれたので

ほんの少しだけ飲んだのですが、

やはり翌朝に痛みが出ました。

 

ワインだから、変な混ぜ物は少ないし
(酸化防止剤だけは入ってました)

量もちょっとだから大丈夫かなって思ったのですが

ダメでしたね。

 

あー、もう、アルコールだめじゃん泣くうさぎ

 

昨年の4月、患者会に出席した時は、皆さん盛大に酒盛りしてました。

私もその時は飲んでいました。

きっと、神経難病でも、アルコールが平気な人もいるんでしょうけど、

私は止めようと思います。

 

AIに聞いてみたら、アルコールって神経毒なんだそうです。

 

*****


アルコールが末梢神経に与える影響は非常に深刻であり、シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)の当事者の方にとって、アルコールは「壊れかけている末梢神経をさらに直接攻撃する毒」となってしまいます。

健康な人であっても、お酒を大量に飲み続けると「アルコール性ニューロパチー(末梢神経障害)」という手足のしびれや筋力低下を起こします。CMTの環境下では、そのダメージが何倍にも強く出てしまうため、医学的に非常に警戒すべき対象です。

アルコールが神経を傷つける3つの具体的なメカニズム(毒性)解説します。


🧪 1. アセトアルデヒドによる「直接的な神経毒性」

お酒(エタノール)が体内で分解されると、「アセトアルデヒド」という強い毒性を持つ物質に変わります。

  • 神経細胞の破壊
    • アセトアルデヒドは、神経細胞のパーツや、神経のコーティング(髄鞘)を構成するタンパク質を直接攻撃し、変形・破壊させます。
  • 糖鎖修飾のさらなる悪化
    • 慢性的なアルコール摂取は、細胞内でタンパク質に正しく糖鎖をパチッと結合させるシステム(糖鎖修飾のプロセス)そのものを阻害・混乱させることが分かっています。
    • CMTによる糖鎖のエラーを、アルコールがさらに悪化させてしまうことになります。

📉 2. 神経のライフライン「ビタミンB1」の枯渇

アルコールを体内で代謝(解毒)するときには、大量のビタミンB1(チアミン)」が消費されます。

  • 神経の栄養失調
    • ビタミンB1は、神経細胞が活動するためのエネルギーを作るのに絶対に必要な「命綱」のような栄養素です。
    • お酒によってビタミンB1が使い果たされると、末梢神経は極度のエネルギー不足(栄養失調)に陥り、1メートル先まで電気信号を送れなくなって、先端から徐々に死滅(軸索変性)していきます。

⚡ 3. 軸索輸送(インフラ)のストップ

神経細胞は、根元(脊髄近く)で作った栄養やタンパク質を、1メートル先の手足の指先まで「レール」に乗せて運んでいます(軸索輸送)。

  • 指先への仕送りが途絶える
    • アルコールは、この栄養を運ぶレール(微小管など)の構造をバラバラに壊してしまいます。
  • 「足元」からの劣化
    • ただでさえCMTによって配送システムが弱っているところへアルコールが加わると、一番遠い「足の先」や「手の先」に全く栄養が届かなくなり、しびれや筋肉の萎縮が急激に進行する原因になります。

🛡️ 当事者としての現実的な向き合い方

CMTの国際的な患者支援団体や専門医のガイドラインでも、アルコールは「神経障害を悪化させる可能性が高い物質」として、可能な限りの禁酒、または極めて少量に留めることが強く推奨されています。

もし「どうしてもお付き合いなどで飲む機会がある」という場合は、以下の点を主治医の先生(神経内科)に必ず相談し、アドバイスを受けてください。

  • 現在の神経の状態に対して、許容できる飲酒量があるか(基本は禁酒が望ましいです)
  • 神経保護のために、医療用の高吸収型ビタミンB1製剤(フルスルチアミンなど)を処方してもらう必要があるか

お酒によるダメージは「じわじわと、しかし確実に」神経を削っていきます。大切な神経の寿命を1日でも長く保つために、アルコールに対する防衛策を意識してみてください。

 

*****

 

飲む気も失せる文章……滝汗ガーン

そんなにアルコールって怖いの?

というわけで、別のAIにこの文章の信憑性を検証させてみると……

*****

 

懸念点・ファクトチェックが必要な部分

① 「壊れかけている末梢神経を直接攻撃する毒」という表現

かなり劇的な表現だよね。アルコール(アセトアルデヒド)に神経毒性があるのは確かだけど、「CMTの末梢神経を直接攻撃して急激に壊す」ような特異的な毒として医学的に認定されているわけではないんだ。あくまで「一般的な神経への負荷」の話だよ。

② 「糖鎖修飾のエラーをさらに悪化させる」という記述

ここが一番科学的に引っかかるポイント! CMTの主な原因は、PMP22、MPZ、MFN2といった遺伝子の変異によるタンパク質の異常発現やミトコンドリアの機能障害であって、一般的に「糖鎖修飾のエラー」が主病態として語られることは少ないんだ(CDG=先天性糖鎖異常症などの別の疾患と混同しているか、かなりマイナーな論点を拡大解釈している可能性があるよ)。 「アルコールがCMT固有の糖鎖エラーを直接悪化させる」とまで断定するのは、現時点では科学的根拠が乏しいと言わざるを得ないかな。

③ ガイドラインでの推奨度合いの誇張

前の質問でも触れたけれど、CMTの国際的なガイドライン(CMTAなど)で「絶対禁忌・最優先の警告」として掲げられているのは、特定の抗がん剤(ビンクリスチン等)や一部の神経毒性薬品なんだ。 アルコールについては「大量飲酒や過度の摂取は控えるべき(生活習慣としての注意)」という扱いであり、「可能な限りの禁酒が強いトーンで義務付けられている」というわけではないんだよ。

まとめ:この文章をどう受け止めるべき?

  • メッセージの主旨(お酒は控えめに、主治医に相談しよう)大賛成・正しい!

  • ロジックや表現(毒、攻撃、糖鎖修飾の悪化など)不安を煽るためのオーバーな表現や、学術的に正確でない部分が含まれている
     

     

*****

だそうです。
 
でも実際、私は、飲むと神経痛がひどくなるからなぁ……

どうしても飲みたくなったら、
痛くなるの覚悟で飲めばいいけど、
神経痛って、
今まさに神経破壊されてまーす!
病気進んでまーす!! って感じで
気が滅入るんですよね。すごく。
 
やっぱり、バイバイお酒だな。
今まで楽しませてくれてありがとう。ウインクバイバイ

病気を治すためにやめたこと⑤

SNS

 

私は、SNSをやめました。真顔

 

完全にではありませんが、かなり頻度を減らしました。

一つのSNS以外は、ほぼ見ません。

たまに見るそのSNSも、1~2週間に1回とか、それくらいです。

その時も、タイムラインはほとんどスクロールしません。

 

SNSは、自分に影響力のある他人(友人知人)の意見の洪水です。

他人の投稿は、その人の意見と興味で構成されてます。


キラキラした旅行先・外出先の風景

美味しそうなごはんやおやつの写真

仲の良さそうな家族の様子

ビジネスや趣味の充実ぶり

心身の健康アピール

 

素敵です。いいなあと思います。羨ましくなることもあります。

でも、それは本当に私もやりたいことなのか?

 

現実の私は、

病気を治すために仕事を辞めて

積極的に人と会うことも、

外出することもなく、

毎日、散歩やウォークマット踏みにいそしんでます。

 

世間一般の価値観からすると、

ものすごくつまらない生活送っていると思います。

自分でも、あまりに地味なので、

これでいいのかなと思うことはあります。

 

でも、いいんです、これで。

 

だって、他の人みたいな元気ないんだからさ。

スーパーに買い物に行くのだって億劫なくらいなんだよ。

元気になるために自分で必要だと思うことをやってるんだから。

 

病気を治すことは、

まず、自分の心と体の声によく耳を傾けることから始まると思います。

 

他人を見てる場合じゃない。
自分に集中したい。

エネルギーは、自分が注意を向けたものに流れていくので。

 

自分は自分!
他人は他人!

 

今は、他人よりも、

自分の体を良くする行動にエネルギーを使います。

病気を治すためにやめたこと④

他人の意見を真に受けすぎること

 

 

病気で苦しんでいると、

中には、こちらが求めていないのに

アドバイスや苦言を呈してくれる人もいます。

 

良かれと思って、善意で言ってくれるのでしょうが、

その時の自分にはそぐわないこともあります。

(そういった言葉には

信頼の前提となる「共感」が省かれていたりもしますタラー

 

相手の言葉に、違和感・反発・拒絶心が出る時は、

自分の中にある

何かしらの信念・価値観が反応しているので、

それがいったい何なのかということを、

丁寧に見ていく必要はあります。

 

でも、自分の内面を掘り下げるばかりでなく、

「へ~、この人はこう思っているんだな無気力気づき

「私の考え方は違うな口笛キラキラ

「今の私には合わないなニヤリダッシュ

で終わらせることも大切ですね。

 

自分を思って言ってくれたことに感謝はしても、

今の自分に必要ないと自分が判断したものは、

受け取らなくていい。

 

自分は自分!
他人は他人!

境界線はきっちり引く!!!!

 

普段から気をつけているつもりでも、意外と難しいです。

 

難病になる人は、真面目で優しくて、

人間関係でストレスを抱え込みやすい人も多いんじゃないかな。

 

病気でしんどい時は、

他人からのちょっとした言葉にもすごく敏感になるので

自他の境界線を育てるチャンスだと思いますキラキラ

前回の記事で、ルート治療の先生と、
子宮筋腫の話をしたことを書きました。

その時、先生が面白いことを言っていました。

 

人間の体の各部分は、とても複雑に関係し合っている。

それはとても分かり切れるようなものではない。

だから、研究が必要。

中には、頭を治療したら
全身の血流が良くなって子宮筋腫が小さくなった、

なんていうこともある。


だから、本などに書いてある「健康によいこと」は、

「すべて間違っている」と言える。

同時に、「すべて正しい」とも言える。


…………

 

体って、各部分が独立して完結しているんじゃなくて、

それぞれの部分が、精妙かつ緊密に関係し合い、

全体が一つのものとして働いているんですね。

(これは、体と心の関係にも言えますが)

 

きっと、不調も、原因は一つではなく、

複数の要因が重なって初めて、
不調という現象が表れるのだと思う。

 

だから、「これが体に良い」とされるものは、

体の何かしらに効くという意味では、

「すべて正しい」し、

その一つを行ったところで、
体のありとあらゆる問題には効かないということでは

「すべて間違っている」。

そういうことかな? と思いました。

 

となると、つまるところ、

 

何が正しいのか(効果的なのか)を

自分で考える

自分で決める

自分で選択する

自分(の選択)を信じて、行動する
 

……ということが重要になります。

 

何が正しくて、

何が間違っているかを決めるのは、自分次第。

 

そして、ここで言う「正しい/間違っている」は、

「自分の求める目的に対して効果的か/非効果的か」

ということです。

 

何が健康に良いのか、

自分で興味を持って調べるようになってから

しみじみと思いましたが、
健康に良いという情報は、

本当に、たくさん、たくさんあふれています。


正反対のことを言っているものもたくさんあります。

 

だからこそ、
自分で考える

自分で検証する

自分(の体)で試す

という姿勢をしっかり持たないと、

情報に振り回されてしまいます。

 

先生によると

「医者がこう言っていたから……」という人は

なかなか治すのが難しい、とのことでしたが

そうだろうなと思います。

 

私も、大学病院で

「この病気は治療法がありません。

 薬もありません。

 進行性で悪くなっていく一方です」

と言われて、長年それを信じ切っていました。

 

医者は、医者(西洋医学)の常識の中で話をします。

そういう教育を受け、それで仕事をしているのですから

当然のことです。
 

しかし、患者である私たちが

その中で「治らない」と判断されたら

どうしたらいいのでしょうか。

 

医学的な見地からの現状を
客観的に受け止めることは必要ですが、

それを鵜呑みにすることなく、

「自分の目的」を意識し、

その助けとなる情報に注目して、

そちらに、より大きな価値を置くべきだと

個人的には思います。

(っていうか
 そうしないと絶望してお先真っ暗になるからさ、、

 マジでネガティブガーン魂

 

ところで、

この、「すべて間違っていて、すべて正しい」という物の見方は

般若心経に通じるものがあると思いました。

 

私の好きな般若心経本は

苫米地英人さんの

『一生幸福になる 超訳「般若心経」』

 

般若心境に関する本は

最初は小学生の頃に始まり、

何冊か読んできましたが

これがずば抜けてわかりやすかったです。

 

般若心経の間違いを指摘するという

なんとも大胆で、面白い内容です。

私は、この本を読んで

般若心経の教えが腑に落ちました。

(ベッチー大好きちゅーラブラブ

 

そして今回、ルート治療の先生のお話を聞いて

こういう考え方を持っている先生のお世話になることができて

幸せだなと思いました。
30歳そこそこの若い方ですが、とても頼もしいです。

 

昨日はルート治療(鍼治療)に行ってきました。


私は子宮筋腫持ちです。
仰向けで横になり、お腹を触ると、

大きなしこりがあります。
病院で測ったことはないけど、

10センチくらいあるんじゃないかな。

筋腫のことは、
今まであまり先生と話したことがありませんでした。

でも昨日は、お腹を手技で治療してもらったので、

その時に、「子宮筋腫いますウインク」と改めて申告しました。

 

筋腫ができ始めたのは、10年以上前。

レバーみたいな経血が出て驚きました。

その時は年齢的にも妊娠の可能性があり、

化学流産かなと思いました。

でも、その後、筋腫があると診断されたので、

きっとあれが最初の自覚症状だったんだろうと思います。

 

ここ数年、婦人科での検診は受けていません。

以前は毎年きちんと受けていて、経過観察と言われていました。

その頃は外から触ってもわかりませんでした。

 

外からしこりが触れるようになったのが、3年近く前。

その時もまだ小さかった。

それが突然、この2年くらいで大きくなりました。

 

調べてみると、急に大きくなるしこりは

まれに悪性の腫瘍の可能性があるそうです。

 

それを知った時には、ちょっと心配になりました。

病院に行った方がいいと思ったけど

その後、「まあいいや、だいじょうぶだろー」と思って

行く気がなくなってしまって(;^_^A

 

そのことを先生と話しました。

 

先生はもちろん筋腫の存在はわかっていましたが、

今まで、(私から)筋腫を治療してほしいというオーダーがなかったので

今は治すタイミングじゃないんだと思います、

という内容のことを言われました。

 

横になってお腹を触ると

かなり大きなしこりがあって
明らかにおかしいのに

面白いくらい気にしてないんですよね、私笑い泣き

 

私は、うつ病になるくらいなので

かなり神経質だと思います。

でも、そんな自分が、

子宮筋腫のことは気にしていない。

それも、こんなに大きいのに!!

というのが面白くて笑い泣き

 

その理由には、

大して困っていないから、というのもあると思います。

以前は、数ヶ月に一回、大量出血して

貧血を起こしたりと、ちょっと不便なこともあったけど

今はそこまでじゃない。

年齢的に、そろそろ更年期なので

ホルモンバランスが変化しているのだと思います。

 

「病院に行かなくちゃと思ってはいるんです」と言ったら

「行かなくていいですよ」と言われました。

反射的に私の口から出たのは

「行かなくていいですか(笑) そうですよね」

「体が怖がっていないんだと思います」でした。

 

どうせ行っても、経過観察か、

手術で切るかの2択じゃないかなと……。

そこまで困っていないし、

もう子どもを産む時期も終わった。

そう思うと、手術は必要ない。

悪性腫瘍という気もしない。

 

自分の直感や体感は、筋腫があっても気にしていないし

子宮筋腫のお客さんをたくさん見ているであろう先生にも

そう言われたので、

今までの路線で行こうと思います。

(あ、でも、子宮がん検診は行かないと)

 

そして、

この話の流れで聞いた、

ちょっと面白い話があるので

それはまた別の記事に書きますね。
 

今回はここまで!


追記:続きはこちら
【つぶやき】世の中の健康によいという情報は、間違っていて、すべて正しい  | 神経難病を治します。

 

病気を治すためにやめたこと③

他人に自分のつらさをわかってもらおうとすること

 

 

結論から言うと、他人に自分のつらさはわかりません。

 

特に、西洋医学で治療法のない、進行性の神経難病のつらさは、

健康な人には理解できないと思います。

希少な病気ならではの悩みも、独特です。

そして、同じ病気の患者同士であっても、症状は違います。

感受性も考え方も違います。

 

他人に自分のつらさをわかってもらおうとしても、

しんどくなるだけです。

不可能なことを望むわけですから。

 

割り切った方が楽ですし、

結局のところ、そうなるしかないと思います。

 

前回の記事の「他人と自分を比較しない」もそうですが

病気を治すためにそうしたというよりは

病気を治そうとする過程で自然とそうなった・ならざるを得なかった、

という方が正確です。

 

心が、病気という経験に育てられているんですね。立ち上がる飛び出すハート

 

もっとも、私は今、

比較的体調がいいからそう思えるだけで、

また病気が進行し、

体調がものすごく悪くなる時期が来たら

「わかってちゃん」になってしまうのかもしれません。

体調に波があるのが、進行性の病気のしんどいところですね。

 

他人に自分のつらさをわかってもらいたくて

苦しんだ私が悟ったことは、

他人にわかってもらう必要はない、ということです。

 

ただ、私は、

自分が苦しんでいたら、共感してもらいたい。

そして私も、誰かが苦しんでいたら、共感したい。

 

共感が大切だなんて、

当たり前のことだと思っていたけど

どん底を経験したからこそ

どれだけそれが大切なのか、改めて身に沁みました。

 

誰かが苦しんでいる時は、

その気持ちをありのままに受け止めて、

 

苦しいんだね、

辛いね、

どれだけあなたが苦しいか、

同じ苦しみを味えるものなら

味わいたい、理解したい

私の想像はあなたの苦しみに及ばないけど

心はそばにいるようさぎのぬいぐるみラブラブ

 

と思える自分でありたいな。

 

 

病気を治すためにやめたこと②

他人と自分を比較すること

 

私は、心身ともに健やかで、幸せで、楽しそうな人がうらやましくて

仕方がありませんでした。

そのための努力や行動ができている人たちが。

 

でも、心の勉強を重ねる中で、いろんな人を見ていて気づきました。

生い立ちの中で、否定的なセルフイメージを身につけてしまい、

生きにくさに悩んでいる人でも、

身体的に健康であれば、

心のあり方を改善することで

比較的容易に(注:病気を抱えている人に比べてそう見える、という話です)

いきいきと生きられるようになる、ということに。

 

身体の健康は、それだけで大きな土台なのだと思います。

 

その点、否定的なセルフイメージを持って育ち、

さらに身体的に難しい病気を抱えている自分は、

かなり大変だと思うようになりました。

 

普通の病気なら、放っておいても勝手に体が治してくれるのに

悪くなる一方の、進行性の病気って、どういうことですか。

 

私は、体に小さな怪我をした時、

それが治っていくのを見て、いつも不思議に思います。

どうしてこれは治るのに、CMTは治らないのだろう。

 

進行性の難病になると、

体に対する、ごく単純で自然な自信すら持つことが難しい。

 

そう思った時、他人と自分を比較することは、

本当に無意味だと思いました。

 

私は、神経のタンパク質の組成からして、

健康な人とは違うんです。

だって、遺伝子(設計図)から違うんです。

 

なのに、どうして同じだと思っていたのだろう。

オリンピック選手と自分を比べて

どうして自分はあの人のようになれないのかと

思うようなものじゃないか。

 

持って生まれた身体だって、

精神的な特性だって、

育った環境だって違います。

 

何もかもが違います。

私と同じ人は誰もいません。

 

逆に言えば、

私と何もかも同じ条件で生まれた人がいたら、

私と同じ病気になるはずです。

私が病気になったのは、私のせいじゃない。

 

そう気づいたら、

自分が、誰とも違う、

唯一無二の存在だということがわかりました。

 

他人と自分を比較して劣等感を持つのは、

どこかでその人と自分が同じだと思っているから・

自分がその人と同じようになれるはずだと思っているからです。

 

人は、自分とかけ離れた他人を見て、自分と比較し、

劣等感を持つことはないでしょう。

(私は大谷翔平に嫉妬はしませんw)

 

私には、

私に与えられた身体があり、

私に与えられた条件がある。

 

唯一無二の自分の体、

唯一無二の自分の心、

唯一無二の自分の人生を

大切にするしかないわけです。

 

まだ、他人と自分を完全に比べなくなったわけではないけれど

少しずつ、確実に、

「私は私」と思えるようになってきているし、

それが自分の心と体を大切にすることかな、と思います照れラブラブ

体を少しでも良くするために、
毎日の運動やセルフケアを始めました。

時間にすると、3時間から4時間半くらい。

 

体調がいまいちでそこまでできない日も、

さぼっちゃったなー、という日もありますが、

腐らずに頑張ってます。
もちろん、食事にも気を使っています。

 

そういう生活を始めて気づいたのは、

これまで自分が「何もしてこなかった」ということです。

 

あたしゃ運悪く難病の遺伝子を持って生まれてしまったんだよムカムカ

だからこんな病気なわけだけど、

別にそこまで自分を粗末にするような生活してきたわけじゃないよ?真顔

と、どこかで思っていましたが……

 

確かに、粗末にするという意識はなかった。

しかし、大切にするという意識や行動も、なかったかもしれない。

 

例えば、

 

今は、一日一万歩の散歩を目標にしているので、

3,000歩しか散歩できないと、気になるわけですよ。
 

でも、考えてみたら、

ちょっと前までは散歩してなかったんだから

ゼロなわけでしょ。

 

食事を改善したのは去年の5月だけど、

それまでは、体のことはあまり気にせず

何でも食べてたよね。

 

今は、体の状態にこまめに気を配って、

いつも体を第一に考えて行動している。

 

以前はこんな風にできていたかな?

 

いや、、、

 

「何も」してなかったな。

 

比較対象(基準)が自分の中になかったんでしょうね。

「セルフケアをしていない」経験しかしていなかったから

自分がいかにセルフケアをしていないかに気づけなかった。


「セルフケアをしている」という経験をして初めて

「セルフケアをしていなかった自分」を自覚できる。

 

ははは笑い泣き

 

まあ、意識がだいぶ変わってきたんでしょう。

いいことです。

病気を治すためにやめたこと①

遠方&高額の整体院に通うこと

 

以前は、東京都内にある整体院に通っていました。

全部で3ヶ所、トータルで2年近く通いました。

 

いずれも、

「神経難病専門」を掲げていたり、
「難病や原因不明の不調も治す」と謳っていたりと、

私にとっては、魅力的な整体院でした。

 

私の家から都内までは、電車で往復数時間。

交通費は数千円かかります。
 

例えば、ある整体院に通っていた時は、

15時ごろ仕事を終えて、車で駅に直行。

2時間かけて施術をしてもらうと、帰宅は22時すぎでした。

それを、週1回、丸1年続けました。

 

どの整体院も、施術費は高額でした。

交通費と合わせると、かなりの出費になりましたが、

それでも「これで病気が良くなるなら」と

藁にもすがる思いで通っていました。

 

実際に、効果を感じられたところもありました。

でも、必ずしも満足のいく結果が得られるとは限らない。

セラピストとの関係が悪くなって、
続けられなくなったところもありました。

 

東京などの大都会には、

興味深い治療を行っている治療院やクリニックがたくさんあります。

ネットで見て、「ここ良さそうだな、行ってみたいな」と思うと、

たいていが都会です。

遠方から通うとなると、お金も、時間も、体力も使う。

 

でも、健康って、

多くの人が必要としている、大きなテーマだから、

地方にも、何かしらの治療院はあるんですよね。

それに、健康になる方法は、
都会にしかない特別なものではないのでは……と思いました。


世の中には、

ゴッドハンドと呼ばれるような、

まるで超能力を持っているような、

本当にすごいセラピストがいることもわかったけど、
そういう人たちは癖が強くて、難しいな……という気持ちもありました。

 

地元にも、自分に合う、良いセラピストはいるはずです。

そう思って、遠方に通うのはやめました。
(もちろん、どうしても通ってみたいところがあれば

 遠くても行ってみるのはアリだと思っていますが)


遠方の治療院に通っていると、

「私は、こんなに遠くまで通っている真顔キリッ」

「こんなにお金をかけている真顔キリッ」

「毎週欠かさず通っている」

「それだけ病気を治したいと思っているんだ」

「私はこんなに頑張っているんだ」

という、自己満足や安心感を得られることがあります。

 

でも、それって、なんかズレてるな、と思います。

目的は、あくまで病気を治すことであって、

努力することではないのですから。

……と書いていて思ったのですが、

そういう自己満足や安心感が生まれること自体、

本当に自分に必要な施術ではないと

どこかで思っていたからかもしれません。

「治すために頑張っている自分」に酔わない。
「どれだけ努力したか」ではなく、

「本当に結果につながる行動かどうか」。

 

自分が払うコストと、得られる効果が、どれだけ釣り合っているか。

冷静に見極める目が必要だと思います。