高齢は子供の介護を望んでないを詠んで
少し心が軽くなりました。
もぅ他界しましたが私は旦那の母を介護してました
脳梗塞で右側が動きません。
ほぼ寝たきり状態から車椅子まで回復
まだ私は若く子供も手がかかる時期なので保育所に預けての介護
近くに義理の姉は居ましたが自分達の家計の為に働いてました。
色々と旦那義理の姉とぶつかり合い
当然働いてない私が全部やらないといけないから日々
友達に誘われて子供と一緒に遊びに行こうと姉に頼むと
「小さいうちは覚えてないからね!」等々の小言ばかり
少しでもどっか遊びに行くと
「母どうするの?」と
ばかりです。
もぅ預けて遊びに行くのが嫌になったこと覚えてます。
今は回り回って自分の母
一人で生きていけないと思い母は施設に入ることを決断
凄い決断したと思います。
住み慣れた家を出ていくこと
父と最後までガンと闘った家
私と姉の小さい頃からの思い出
みんな母の頭の中・心の中に詰め込んで施設に・・・
母が居なくなった部屋は寂しくて寂しくて片付けしながら泣いて泣いて涙出なくなるまで泣いた💧
旦那にうちの母も見てとかも言えず
言えばまた違う方向に進んでたのかと
母に☎️で聞いてみた
「そんな事ないよ」と言ってくれた母
「旦那さんに迷惑かけたくない。
だから施設に入ったんやで」
「気にしなくてええから」
と言ってくれた
久しぶりに聴く母の声は
いつもより元気が良かった。
母施設入る
あれから2つ見学に行き
早々と一つのところから
「とうぞ」と
あれよあれよと事が運び
施設に入りました
薬一ヶ月分
今までの先生からの紹介書
旦那に仏壇の事相談すると
全部寺に持っていって貰えないかと
男はやっぱり嫁の親までみれないんだ
仕方がないから施設に☎️
お位牌だけは何とか持っていけれるように
市営・電気・水道・ガスまずはこれだけ☎️を
住所変更は後回しにした
電化製品は📺️・⏰
ファンシーケース4つぐらいにまとめた
施設に入る1日前にお寺さんから
魂抜きして貰って
姉2人お父ちゃんのお位牌持っていけれるようにくるんだ。
―施設にいく日―
普段と変わらず母を送った
母はいつもと変わらない
お父ちゃんに新しい部屋になったことを報告
普通にいつもと同じように帰った
次の日片付ける為に母の家に
静まった家
「お母ちゃん」と言っても声がしない
誰も居ない
とたんに悲しみが込み上げてきた
もぅ近くに居ないんだと
後何日・何週間・何ヵ月したら
これが普通になっていくんだと・・