どうやって死ぬか、割と安いファミレスでdiscussしている叔父さん達がいる。できれば、私も混ぜてほしいと思うときがすこしある。話にみみを澄ませると、ガールフレンドはフィリピン人であいつは、人生を謳歌している云々とか、右手の小指をあげててニヤけている叔父さんたちが騒いでいる。
騒げるってなんとも幸せな光景であり、ぽっくりいきたいねーといいながら、すごくたのしそうである。
自分のキャパは年々下がっているのに、脳はバカだから過去の栄光にしがみつき、自分は知らぬ間に身体の声を聞かないようになっている。いや、人間なんて身体の声を聞きたくないときもある、まだまだ俺はやれるって死ぬまで思いたいし、直前まで思わないと生きてけない。
しかし、無茶も禁物。
最近は、突発性の病状がでたりと、春は魔物。気をつけないといけない。
無茶したおかげで、自分が老いてることを理解しようかと思う。そして、まだ若いですからというのを反対解釈するほど、気持ちも老いた。ただ、お気に入りひとから、また会いたいからまた遊びに来てね、と言われると、、、自分の好きなように解釈、自由解釈をして、またその人にコンタクトをとろうとしている。自由解釈をすると人生は面白いし、そのほうがストレスもない。