アメリカ議会での安部首相の演説をめぐる外務省の英語力 (5)

World War II Memorial
外務省訳:第二次大戦メモリアル


 memorial を「メモリアル」と訳しているが、memorial にはそれ以外の意味があるので、ここでは「戦没者記念施設」とすべき。


 Before coming over here, I was at the World War II Memorial. Itwas a place of peace and calm that struck me as a sanctuary. The air was filledwith the sound of water breaking in the fountains.
外務省訳:先刻私は、第二次大戦メモリアルを訪れました。神殿を思わせる、静謐な場所でした。耳朶を打つのは、噴水の、水の砕ける音ばかり。


「第二次大戦メモリアル」とあるが、「第二次世界大戦戦没者記念施設である。
sanctuary を「神殿」と訳しているが、神殿はtemple なので間違い。sanctuary は「神聖な場所」や「聖域」である。


In one corner stands the Freedom Wall. More than 4,000gold stars shine on the wall.
外務省訳:一角にフリーダム・ウォールというものがあって、壁面には金色の、4000個を超す星が埋め込まれている。


 「埋め込まれている」とあるが、動詞はshine なので「輝いている」だろう。壁に埋め込まれているのは事実なのだろうが、それと訳とは別。


 I gasped with surprise to hear that each star representsthe lives of 100 fallen soldiers.
外務省訳: その星一つ、ひとつが、斃れた兵士100人分の命を表すと聞いたとき、私を戦慄が襲いました。


 gasp with surprise を「戦慄が襲う」と訳しているが、「驚きで声を失う」、「驚きに息をのむ」という意味である。「戦慄が襲う」だと、少し芝居がかっているような気がする。


I believe those gold stars are a proud symbol of thesacrifices in defending freedom. But in those gold stars, we also find thepain, sorrow, and love for family of young Americans who otherwise would havelived happy lives.
外務省訳: 金色(こんじき)の星は、自由を守った代償として、誇りのシンボルに違いありません。しかしそこには、さもなければ幸福な人生を送っただろうアメリカの若者の、痛み、悲しみが宿っている。家族への愛も。


 gold をわざわざ「金色(こんじき)」としているが、これはおかしい。「こんじき」という読みは呉音なので、仏教関係で使う言葉である。ここは「金色の」で十分。


「自由を守った代償として、誇りのシンボル」とあるが、原文では「自由を守った犠牲の輝かしい象徴」とある。「誇りのシンボル」だと、symbol of pride のように聞こえる。


「しかしそこには」とあるが、「しかし、それらの金色の星々には」と原文どおりにすべき。


 Pearl Harbor, Bataan Corregidor, Coral Sea.... Thebattles engraved at the Memorial crossed my mind, and I reflected upon the lostdreams and lost futures of those young Americans.
外務省訳: 真珠湾、バターン・コレヒドール、珊瑚海、メモリアルに刻まれた戦場の名が心をよぎり、私はアメリカの若者の、失われた夢、未来を思いました。


 戦後の代表的な誤訳例が「真珠湾」で、英語ではPearl Harbor なので、「真珠港」とすべきなのだが。
battles を「戦場」と訳しているが、間違い。「戦場」はbattlefield。ここは「戦闘」とすべきである。


 History is harsh. What is done cannot be undone.
外務省訳: 歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。


 二つの独立した文が一つの文として訳されている。読みやすくするための配慮だったのだろうか。「歴史は過酷です。してしまったことは取り返しがつきません。」


 With deep repentance in my heart, I stood there in silentprayers for some time.
外務省訳: 私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙祷を捧げました。


 repentance を「悔悟」と訳しているが、「後悔」や「反省」に近い意味である。


 My dear friends, on behalf of Japan and the Japanesepeople, I offer with profound respect my eternal condolences to the souls ofall American people that were lost during World War II.
外務省訳: 親愛なる、友人の皆さん、日本国と、日本国民を代表し、先の戦争に斃れた米国の人々の魂に、深い一礼を捧げます。とこしえの、哀悼を捧げます。


「深い一礼を捧げます」とあるが、これにあたる英語はなし。あるのは「深い尊敬の念を込めて」(with profound respect)である。「先の戦争」も「第二次世界大戦」となっている。この「先の大戦」としていることが、また後の誤訳につづくことになる。


 (続く)