10月27日から久しぶりの投稿になりました
あれから忙しく書きたい事も沢山あったのになぁ
思い出せば振り返って書きたいと思います。
娘は自分の希望どおりにリハビリを最大限に頑張り11月2日に退院する事ができました
娘の努力は勿論だけど、福岡の専門学校時代の音楽友達や地元の友達の応援メッセージ動画には凄くパワーもらえたようで、心配してた精神的な苦痛から這い上がれました
東京でのママ友さん達やご近所さんまで沢山の優しさ応援を頂き、私まで色々とお世話になって感謝しかありません

娘は沢山の良いお友達に恵まれてるなと改めて感じました。
そして今も娘は沢山の優しさに包まれて自宅で生活しています


私は娘が退院して大丈夫だという事を見届けて帰るつもりでした。
11月いっぱい、12月中旬位?
しかし、私が精神的にヤバイなと思うようになってて
地元のリハビリ病院に入院してる母からは「退院したら独り暮らしは無理だと先生に言われたから何処か施設に入れて欲しい」と頻繁に連絡がくる様になって
「もう直ぐ帰るから、それまでしっかりリハビリして。私がいるから心配しなくて良いからね。」の会話ばかりで。
東京でのコロナの感染者も随分少なくなってるのに、やはり帰れば東京と言う地名だけで2週間の自粛隔離を言われます
病院関係は仕方ない事なので、それを承知で私は娘の退院後5日目で後ろ髪ひかれながら帰って来たんです
近くの駅まで送ってもらえれば良かったのに、小学生の孫はサッカー休んでバァバの見送りに行く!と言い出して
長女、旦那君、孫2人が
東京駅まで送ってくれて新幹線のチケットまで買ってくれてホームまで見送ってくれました
いやいや、この別れは辛い


辛すぎて私は涙が止まらず、娘は頑張って笑顔でありがとう!ありがとう!って
何度も何度も言われ
もう発車まで顔を上げられなかった
ほんとにほんとに早く帰ってしまってゴメンねゴメンね


と心の中で謝りながら帰って来ました
なので殆ど毎日、娘に連絡入れながら下関で生活してます
2ヶ月半、オトン1人置き去りにして、よく頑張ってくれました
オトンは私が帰って来て喜んでたけど、それよりも娘の事を物凄く心配してます
娘は私が思ってた以上に頑張り屋さんで強かったです