なんで僕は生きているのだろうか。この問いは誰もが1度は考えたことがあるのかもしれない。とりわけ辛いことや悲しいことなどがあった後に考えるのではないだろうか。
そもそも人も生物である。つまり、根源的には人類という種族を後世に残し子孫を繁栄させることが主に人が生物的に生きる意味である。
しかし、近年では中国にみられるように一人っ子政策により子どもを産むことを制限する国もみられる。これはすなわち、人は子孫を後世に向けて繁栄させることよりも必要なことがあることを意味していると考えることもできる。
では具体的にこの現代社会において必要なこととは一体何があるのだろうか。それはやはり富を形成することではないだろうか。富とは具体的には通貨的価値があることを指すものだと思う。富を形成することは直接的に社会的地位を獲得することに繋がるからだ。 すなわち人が生きる意味ということは社会的地位を獲得するために富を蓄える生産活動を行うためと結論付けることが出来ることもできるかもしれない。
まあ最も人が生きる意味に対 して1つの正解など存在などしないのも事実だし正解を決めるなど不毛なことだと思う。しかし何事も考えることが大切なのである。
