前回の投稿から1か月以上経ってしまいました。というのも、私生活で劇的な変化と大きな失望に耐えきれず、やる気がなくなっていたからです。

9月末頃、前原誠司氏の決断により民進党と小池百合子氏率いる希望の党が合流するという衝撃的なニュースが流れました。

当時埼玉4区(朝霞市・和光市・志木市・新座市)から出馬予定だった民進党公認候補のもとで選挙の準備に勤しんでいた私とってそれはあまりに唐突すぎるニュースでした。

私が党員として愛し支えた民進党が無くなる。しかも私が心底嫌っていた小池百合子氏の希望の党に吸収される。そう考えた瞬間私の世界は真っ黒になりました。

そして埼玉4区の民進党公認として出馬するはずだった候補はどうなるのか。希望の党公認となるのか、無所属で出馬するのか、それとも出馬辞退するのか、私は何も聞かされないまま時が過ぎていきました。

しかし10月に入り、枝野幸男氏が民進党の理念を継承を訴え立憲民主党を結党するというニュースを見て僅かながら希望が出てきました。もしかしたら候補者も立憲民主党か無所属で出馬するかもしれない。胸を膨らませながら続報を待ちました。しかしその矢先、埼玉4区の候補者が民進党を離党したという情報が入りました。私はひどく動揺し直ぐに候補者と連絡を取りました。

そして希望の党から公認を受ける人間は一旦民進党を離党する事になっていることを聞かされました。私は深く絶望し、候補者に希望の党は応援できないし小池百合子氏を信用できないと正直な気持ちを伝えました。候補者は分かっていたようで何も言わず頷いてくれました。その上で希望の党は応援できないけど候補者は全力で応援するから今まで通り手伝わせてほしいと伝えました。候補者は驚いたようですが、感謝してくれました。たしかに小池は大嫌いですが、その程度で私の候補者への信頼が揺らぐことはありませんでした。

そこから選挙の準備、公示日後の選挙活動を必死で取り組みました。ですが、埼玉4区はあの豊田真由子氏の離党後、自公側が地元出身で元志木市長の息子というとんでもないかくしだまを擁立してきたうえ、埼玉4区の市長全てが自公側候補の選対入りするという盤石な布陣で組織戦を展開してきたので選挙戦は困難を極めました。

市長側の圧力により事務所の契約を白紙にされ、今までポスター張りに協力してくれた家のポスターが圧力で自公側候補のポスターに取って代わられる等妨害もありました。

それでも必死で選挙戦を戦い抜き投票日を迎えました。

台風が吹き荒れる中、事務所で結果を見守りましたが、22:00過ぎ、小選挙区での敗北が確定しました。

その後、候補者が事務所に来て敗戦の弁を述べた後、解散となりましたが、私は比例復活の望みを捨てることができず、日付が変わるまでいました。しかし、比例復活の望みも絶たれ、失意のうちに帰宅しました。

本当に悔しくて悔しくてたまりませんでした。今まで政治と選挙は趣味でライフワークと豪語していましたが、それも止めてしまおうとも考えました。

しかし、友人達や多くの知り合いから励まされ、立ち直ることが出来ました。そして知り合いの1人からせっかくだからこの1か月を記録してはどうかと提案を受け、再びブログを書くことにしました。

現在の政局はまさに混沌の極みと言っていいほど乱れてしまいました。民進党再建の動きもあるようですが、以前の反省を踏まえ、一歩下がって冷静に対応していこうと思います。今後どうなるかわかりませんが、再びこの国に緊張感のある政治を取り戻していきたいですね。