最後のお別れの時


皆が泣きながらお花を棺へ…



悔しい思い 寂しい思い


妹とは違った気持ちで


花を手向けた


私は泣いていた




その時


父は


○○!泣くな!

これは順番で仕方ないんや!

泣くな!




寂しいやろけど泣くなよ~とは違う


明らかに厳しい口調で


しかも私を名指しで


恫喝した




こうやって


親の言うことを聞け


従え


と何十年も圧力をかけて来たのだ




妹も泣いている


だけどら私に恫喝なのだ



これが私の父

思えば去年のXmasから

父が入院し 翌日母が脳出血で入院し

やれる事はやって来た


義務と責任感で

走り回り 何度も電話し

書類にサインをして来た


毒を吐く父や母に対して

背くようなことはせず

ただ黙々と自分のやらねばならないことを

やって来た

それが精一杯だった


母とはXmas以降

話らしい話はしていない



コロナ禍もあり

家族葬で見送った

棺の中の母は

年老いていた

こんなに年寄りになっていたのか…?


2ヶ月半で

しかも熱が出て3時間で

母は逝った



もう毒に煩わされることはない



私の母親はこの世にはいなくなった



この気持ちはどう説明したら

良いのだろう


解放されたのに違いはないけど

虚無感にも襲われている


過干渉に悩まされることは

もうないのに


あまりにも縛られていたが故に

縄を急に解かれて

返って動けない

それに近いような感じ




ひとまず葬儀が終わったので

明日は寝よう



まだ色々しないといけないことが

待っている


母に触れることさえ抵抗があったのに

今日は手を握り

お別れよ と語りかけた




ByeBye

WBC観ていたら


介護老人ホームより電話


母が発熱し


往診の手配をしたとのこと


診察の結果によっては救急搬送もあるので


結果報告を待っていてくださいと言われた




救急搬送するのでホームへ来てほしいとの


連絡があり急いで父と妹に連絡


私はホームへ向かった




救急車の中で苦しそうに酸素マスクを


つけられた母がいた



この状況では車を置いて


救急車に同乗した方が良いと


救急隊員に言われ


受け入れてくれる病院が決まるのを待った



病院が決まり父と妹に連絡



母の手を握り


おばあちゃん!聞こえる?


と言うと


ウン と答えた



病院に行きさえすれば…



処置をしてもらい楽になるだろうと


楽観視していた



病院までの道程が長く長く感じた



病院に着いて


待つように言われ


2~30分経った頃


主治医の話があり


厳しい状態だと


覚悟を決めてください と


告げられた


気管挿管などの延命治療をするか


どうか聞かれたが


母はそれを望んでいなかったし


苦しむより本人が楽な方法をと


お願いした



私の娘たちにすぐに来るように連絡



何かとんでもないことが起こっている


そんな離人感の中


私一人で母の手を握り


頑張れと声を掛けたものの


それで良いのか


自問自答した



結局11日に日付が変わり一時間が


経とうとしている時


母は逝ってしまった



言いたいことはたくさんあった


憎んで許さないと思った気持ちも


なくなってはいない



混乱と共に複雑な思いを抱え


父や妹とは違う気持ちを


どうすることもできず


バタバタとこなして行かなければならない


手続きなどに終われ


泣くことも怒ることもできないまま


自分の名前や住所


母との関係  長女と何度も書き


葬儀場の手配も済ませ


自分の車に乗り込む時


空にはキレイな月が見えた



急すぎるやん



何の用意も気持ちの準備も


できてない



それでも明日には葬儀



空が白んできた


少し寝よう


寝られるかな?



現実感はなく


夢の中にいるような感覚のまま


寝る前の薬の中から


選んで軽く眠れる薬だけを飲んだ



喪服を出てきた


数珠も準備した



他人事のように



あんたは私の子じゃない!と言って


妹だけを連れて出て行った母を


呆気なく見送った



少し泣けてきた








潰れそうだった


思い立って淡路島へ渡った


遅い時間だったので人もいなくて


自分一人の時間を満喫できた


何もかも忘れて


夜の景色を眺めていた

Xmasイブには娘達と食事に行って

長女にファミリアの母子手帳カバーを

渡して おめでとー❣️㊗️❣️と

お祝いをしたニコニコ




25日朝7時に父から電話がありびっくり

(帯状疱疹で前の週から痛みと発疹あり)


痛みと足が立たなくて倒れたから

今から救急車呼ぶ


と言うので慌てて支度をし病院に

駆けつけたガーン


幸い本人は痛みがあって辛いだろうけど


帯状疱疹だから命に別状はなく


家に帰っても 頼りない母と二人なので


取り敢えず入院真顔


私と妹もホッとして


その日は母と私達姉妹の三人で


Xmasしよーっとゆうことになったにっこり




三人で食事してケーキを食べて


三人が揃うことは珍しいので


母は嬉しそうだった爆笑


帰りに父がいないから夜怖いと言う母を


宥めて 翌日はゴミの日なので


私が夕方に来るからと言って8時半頃に帰った




翌日10時半頃


父から母に電話が繋がらないとLINEがあり


妹が掛けても私が掛けても出ない無気力



嫌な予感がしたので慌てて母の家に向かう


運転の途中に


マンションの受け付けに


母が電話に出ないので様子を見に行って


くれるように言うと


数分後電話があり


よく寝ている、声をかけると目は開けるけど


またスグに目を閉じてしまうと報告があったので


あかん!驚きと思って


揺すらないで そのままで


あと五分以内に着くので傍にいてもらうように


頼んでマンションの廊下を全速力で走った滝汗


ここ数年走ることなんて そうなかったけど


こんなに走れるもんなんやと思うほどの


スピードで走って母の元へ行くと


顔が少し腫れていて左手は動かすけど


右手はダラりとしたまま


生あくび連発でコチラの言葉に反応もないゲッソリ


スグに救急車を呼んでもらった


母の家系は脳梗塞が多いし


母本人も高血圧なので


切れてるか詰まってるかだと思った


救急隊の人が前日に父が入院した病院に


問い合わせてくれて同じ病院へ搬送された


検査の結果 脳出血ネガティブ


幸いなことに大量出血では無いものの


左脳の出血で右半身の麻痺がある


手術の必要はないけど


血圧を下げたり出血した血を


吸収させるような治療が始まる


コロナ禍で父も母も面会ができない


昨日から入院手続きやらタオルや寝巻きを


届けたりと父母の家と病院を2往復


さらに母のデイサービスに断りを入れたり


ケアマネさんに父の介護認定の申請を


お願いしたりバタバタ魂が抜ける


頭混乱 身体もクタクタ笑い泣き


父は痛みがだいぶひいたので


30日に退院が決まったが


母は先が長そう


私が煩わされた酷い言葉をもう聞くことは


ないかも知れない


父もこの1ヶ月ほどで認知機能が落ちて来た


なのに新車の契約をして…プンプン


まぁ納車は来年後半、いや再来年になるかも


乗ることができるのか?!


乗らせないようにできるのか



今年は早目に窓掃除もしたし


大掃除ほどのことはできないにしても


面会ができない故に今は時間がある



不謹慎だけど


内緒で


今日下の娘と


ステーキ食べに行く🤫











この一年を振り返って

母の認知機能の低下により

不毛な会話をすることになって

ストレスを感じていた時

父が脊椎管狭窄症の悪化で歩けなくなり

私が整骨院やら整形外科へ父を車椅子に

乗せて行く羽目になり…

私の体調などを気にしてる場合では

なくなってしまい気力だけで過ごす毎日

だけど父の足の痛みがましな日は

自分で車でどこにでも行って

散髪だのゴルフショップだの将棋だの

好き放題で たまに車椅子に座る

父の歪んだ後頭部をはっ倒したろかと

思うこと度々…

11月24日に 日本ではココでしかしてない

腰痛専門の病院(新大阪駅前)に連れて

行くことになり

私は5時起きで車を走らせた

施術は15分程度

脊椎の間に溶液を注射して

一時間横になって帰る

帰りはスキップできるほどに痛みが

なくなり父は嬉しそうだった

ドクターから3日間は安静にと言われて

いたのに次の日から痛みがないもんだから

施術をすることを知らせてあった友人

などに こんなに歩けるようになった と

報告しに周り私と妹は呆れ返り

もう!知らんわ!となった

その後はインフルエンザのワクチン接種

だとか コロナワクチン接種だとか

私はあちこちへ連れて行くのだけれど

???疑問だらけ

だけど父はワクチン接種に一人で行けても

母と二人で行くと母は杖をつき

歩幅は10cmほど

父がイライラしてしまうだろうから

着いて行かざるを得ない


あの人達は

何をするにしても自分だけではできない

お膳立てを私か妹がしなければいけない


殿様とお姫様なので誰かにさせたら良い

そんな考えだから全てが当たり前

私 行先までの道、駐車場、病院の場所

etc.....頭混乱


これもこれで続いて行くんだろうと

半ば諦めているけども


そんな鬱陶しいことの中にも

超嬉しいこともあり

長女の妊娠がわかった

娘の中に別の心臓が!

何とか無事に生まれてくれますように…

祈るばかり

明日はお赤飯炊いて

お祝いしよう



明日ハロウィンは


長女の誕生日なので


私と長女夫婦と下の娘の4人で


食事に行くことににっこり


普段の食事代など私が出していたけど


義息子が大食感で2~3人前は食べるので


誰の誕生日でもお祝いの食事に行って


誕生日の人以外の3人で


食事代、ケーキ代を割るって


ルールがいつの間にかできていた




今回は明石の朝市で仕入れた魚を使った


お任せ料理で〆の鯛釜飯が


自慢のお店だった



私は義息子のことを嫌いな訳じゃない


本音は息子ができたらもっと


可愛いものかと思っていたけど


まぁまぁ良い子だし優しいし


可愛い時もある



でも一緒に食事に行くのは


ちょっと苦手驚き



まずおしぼりが出てきて


開口一番誰よりも先に


「僕は烏龍茶で」と言うびっくり



4人とも飲めないのと


いつもコースとかだと


最後お腹がはち切れそうになるので


他の3人はお茶を頼んだ



食べる時も我先に!えー



大皿が運ばれて来ても


一番に手をつける



私が年長者なので


他が食べやすいように


先に手をつけるように


気を配ってはいるけど


それより早い凝視



しかもテーブルに肘をつき


咀嚼音も…魂が抜ける




誰よりも早く食べ終わり


長女の分を取ろうとする


             ↑

これはいちゃついていると


善意にとる事にしているが


二人だけの時にしてくれ~と


内心は思っている


そして腹六分目だと言う始末ガーン



私が細かいことばかり気にし過ぎなのか


もっとおおらかに


他人を許容してあげる方が良いのか


いつも考える爆笑



うるさく厳しい義母なのだろうか


もちろん口には出していない



だけど


こんなんで会社の会食とか行って


先輩や上司そっちのけで


我先に食べたりしたらアカンやん?!物申す




前に比べると4人で食事に行くことは


誕生日のお祝いがある時だけに


しているけど




これって思う方が変なのか




疑問魂が抜ける






京セラドーム大阪でのLIVEに


娘と二人で行って来た✌️


私が電車に乗れないので


ドーム近くの駐車場を予約しておいた



会場入りする前に腹ごしらえニヤリ



開演の40分前に席に着けた



小学生から和装の70代と思しきご婦人まで


幅広い年齢層のオーディエンス


マスク着用で大声での声援は禁止❌


とアナウンスで流れたのに


始まってみれば


大声でイェイイェイ叫ぶびっくり


VIP席にいたってはカオス状態で


ノーマスク  大声の声援


何も守られてなかった


コロナで日本は海外より守りが厳しい


ある程度仕方ないけど


それじゃあLIVEは盛り上がらないよね


ブルーノも動け!歌え!と言っていた


と、思う 多分   知らんけど…えー


人混みの中で発作が


起きなかったことだけでも


奇跡のような状態で


しかも座り込んでしまうような


ことにもならず


心から楽しめた照れ


やっぱり非日常の体験するのって良いなぁ


リフレッシュするなぁと感じた


薬で症状を抑えるのも方法だけど


薬以外の💊切り替えの仕方自分なりに


覚えてると強みになるよね


LIVEばっかりには行けないけど


ブルーノマーズだって次いつ


日本に来てくれるかわからない


来てくれたとしても大阪じやかったら


とても行けないえーん


一生に一回かも知れないのだ


そしたら今日のLIVEは


自分にとってすごく大切な経験になり


人混みで倒れなかった成功体験となった


明日のLIVEにも行きたいとさえ思った


本当に楽しかった~ラブ


ブルノマースの声が聞こえる


ブルーノマーズに会えるとなると


テンション上がる


ファンクラブにはいるほどではないけど


好きなアーティストの一人ニコニコ


雰囲気伝わるかな?


ちょっとだけ








 



先週は私の用事、父の病院と

毎日出かけていた

限界寸前だった

その最後 15日土曜日が

父の88歳の誕生日で

米寿のお祝いをした

私と妹、私の娘2人、妹の娘とその旦那さん

残念ながら妹の息子は仕事で

来られなかったけど合計8人


部屋を借りて 飾り付けをして

(私の下の娘が書いた)


ケーキとお花を準備して





サプライズだったので当日の間際まで


トップシークレット🤫


先週は足腰の痛みがあり病院通いだった父


車椅子に乗せてゲストルームへ


なかなか会えない妹の娘と会えて


とても喜んでいた




父が調子悪くなって


内科や整形外科に連れて行ったり


忙しい先週だった


病院の検査の待合室で


車椅子を押す私に看護師さんが


「ご主人の番は次ですよ🙂」


と言われたりしたけど


まぁ私としては超々々々々


頑張った一週間でもあった



娘たちの予想通り


今日は死んだように寝た😴😪💤💣


明日はまた整体に連れて行く予定


そして最後の週は極めつけ


水曜日に内科と整形外科の予約


内科は9時(早い~😭)と


整形外科11時


しんど過ぎて車椅子に座る父の


後ろ頭 こついたろかと思いましたよ



何とか来週のブルーノマーズのLIVEに


元気で行けますように🙏🙏