こんにちはゴチャです。

前回はダース・ベイダーでした。


私が産まれて、
引っ越して、
母が病気に。

目が落ち窪んで真っ黒。
まるでダース・ベイダーのよう。

物心ついた時にはそんな母に育てられていました。




たぶん3、4才から記憶が残ってるのね。
その頃の一番上の姉の作文。

「いちばん下の妹はわたしのことをママと呼びます。」

         
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これって姉が私のお世話してたから。
母は朝起きれなくて、朝ごはんを姉が食べさせてくれてた。
簡単なもの。

ご飯ととろろのお汁。
玉子、しらす、ふりかけみたいな。

もちろんいつもじゃないけど。
母が起きれないときね。



運動会の親子競技も姉と。

一度だけ母と出たことあったな!
小学校で最後の親子競技で二人で風船割った!
割れなくて母は指で割るズルしたのを覚えてる笑い泣き




私が小さい頃の母はいつもくたびれてた。

私が外で遊んでいると遠くから真顔じーーーっとみてる。

遠くに行けないの💦
心配させないように近くで遊ぶの💦


で、そのうち
「家で遊ぶ」
って母を休ませる。


幼児が大人を看護です笑い泣き



当時の私は母が心配で心配で。
倒れるんじゃないか?
死んでるんじゃないか?



父が姉たちを連れてキックベースに連れていくとき、私は留守番してました。


だって母が心配だから!


母を置いて行く父や姉たちを非難してた、心のなかで。


ひどい!
心配じゃないの???



でもね…
自分が親になって気づいた。

これって…




一人で寝かせて!
ほっといて!


滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗



ごめんよ~笑い泣き  迷惑だったよね?
疲れたよね??



今ならわかる。
だけどその頃は小さな子ども。


いっつも母を心配しながら成長すると



我慢する子になります😶

そして愛情不足💔


いや、愛情頂いてたよ。
でも我慢してるから身体に染み込んでないんだよね。
うーん、我慢して消費しちゃってるような…。



足りない。



足りてないとね歪みが出てくるよね。
それはまた今度チュー


あとね、外で思いっきり遊ばないと

運動神経良くない!


ニヤニヤ残念ニヤニヤ




次は幼稚園生活がはじまります。
(←まだかよ…)
幼稚園に通う①に続きます。