不登校と中学受験ーこうして息子は学校に戻ったー

不登校と中学受験ーこうして息子は学校に戻ったー

小学校5年生のとき、不登校になった息子のヤサ男。
その後、紆余曲折を経て、中学受験、そして復学へ。
息子の本当の自立に向け、その後の歩みを綴ります。

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中二の冬休み。

ヤサ男は夫の実家と私の実家に泊まりに出かけて、

お年玉を無事にゲットしました。

身長は168センチになり、とっくにおばあちゃんの背丈を超しました。

 

自宅に戻ってからは、

宿題をやったり、録画したお笑い番組を観たり、

みかんを食べたり、とてもリラックした様子で過ごしています。

 

2年前の中学受験のときは、お正月休みはどこにも行かず、

家で過去問を解いていました。

 

少し煮詰まると、寒いベランダに出て、

隅から隅までジョギングしたりしていたなあ。

今振り返っても、本当によく頑張ったと思います。

 

中2の2学期のヤサ男は、このまま不登校に戻るかもしれないと

思うくらい、よく学校を休みました。

 

原因が「疲れて保健室に行っても、保健室の先生がすぐ追い出そうとする」

ことだとわかったので、HSCのカウンセラーの先生に保健室の先生に手紙を書いてもらいました。

 

その後で保健室を訪ねて、改めてヤサ男が保健室に来た時は本当につらいときなので、

静かに休ませてほしいとお願いしました。

保健室の先生も受け入れてくれました。

 

「疲れたら保健室で休める」という安心感を得たヤサ男は、

後半になると調子を立て直し、冬休み前の授業や補講は休まず出席できました。

帰ってくるととても嬉しそうで、「本当は学校に通いたいんだな・・・」と改めて感じました。

 

ところでヤサ男は、不登校だった小学校5,6年の時と比べたら、

元気になり、自己肯定感も上がったと思いますが、

今でもとても慎重で、物事の欠けた部分に目が行き、

先行きを楽観的に考えないところは変わっていません。

 

昔の私はそんなヤサ男を前向きな明るい男の子に変えたいと思い、

それがヤサ男のためだと思い、あれこれとアドバイスしていました。

でも今は、それも彼の個性だから、そのままでいいんだと思っています。

 

「宿題終わるかな~、心配だよー」と言われれば、

「心配しなくていいよ!がんばって!」と励ます代わりに、

「心配なんだね。厳しめに見通しを立てる人は大人になっても締め切りを守れるからいいことだよ」と言っています。

 

「オレみたいに心配する奴ってうざくない? 成功しないんじゃない!?」と言われた時は、

「だったら、人は変われるんだから、心配性を直せばいいんじゃない?」という代わりに、

「ヤサ男みたいな心配性な人がいてくれたおかげで、シートベルトとか、ベランダの柵とかができたんじゃない?

 そういう人がいてくれたおかげで、助かった人はたくさんいると思うよ」と答えました。

 

ヤサ男は、そういう自分のHSC気質の部分を情けないと思っているらしく、

私がその部分を肯定してあげるととても嬉しそうな顔をします。

「ありがとう。安心した」ということもあります。

 

最近になってようやく、自分と違うヤサ男の個性を、

無理しないでも受け入れられるようになった感じです。

 

以前の私は、ヤサ男は自分よりも未熟な存在だと思っていました。

でも今は、そういう気持ちは小さくなりました。

彼から教わることも多くあります。

 

今度、留学生のホームステイを短期で受け入れるのですが、私が、

「ヤサ男、〇〇君を〇〇に連れていってあげたらどうかな~」などと

張り切って提案していると、ヤサ男がこんなことを言いました。

 

「お母さん、それは、〇〇君に聞いてみてから決めるね。

 〇〇君が出かけるのが好きとは限らないでしょう」

 

ああ、ヤサ男は、自分が人から何かを押し付けられるのが嫌だから、

人にも何かを押し付けてはいけないって感じているのだな。

この子のそういう気遣いができるところは、彼の財産だなと思いました。

 

最近のヤサ男は来年の修学旅行(海外に行きます)に向けて、英語の多読も始めました。

セットのオンラインレッスンは、「緊張して疲れるから」と断って、一人で黙々と多読を進めています。

 

母は「せっかくなら、オンラインレッスンやればいいのに・・・」と思いつつ、黙って見守っています。

ヤサ男に任せます。自分の理想の子供像を押し付けることは、もうしません。

 

アドバイスを求められたら、喜んであれこれ言いたいけれど、アドバイス、あんまり求められないんです笑い泣き

いつも、「お母さん、僕どうしたらいい?」ときいていたのに、成長したなあと思います。