風邪っぴき中に手に取った本。


ポール・オースターの『最後の物たちの国で』。


物も人も記憶も考えも言葉も

次の瞬間には永遠に失われ

二度と戻ることのない世界、

という場面設定で、

そこへ足を踏み入れた主人公のアンナが

日常を綴るという語り口の小説でした。



オースターの小説はどれもそうなんですが、

実態のないふわふわした世界の中で、

具体的な出来事が起こる不思議な感覚が常に漂います。


奇妙な隠喩で世界を映そうとしているようで、

この表現は何を象徴しているのかと

勘ぐりながら読み始めても、

その隠喩が小説の中で持つ絶対の真実味に絡めとられて、

気付かぬうちに根っこのない世界の住人になる感覚。


象徴的な表現が多い中でも

人々の困窮、政治の混乱、物質文明の崩壊は

今も世界のどこかで起きている人類の悲劇の一部で、

非常なリアリティが存在するのも事実。


語り口が平易で平坦なせいで

残酷と愛情の表現が

はっとするほど生々しく、

命をつなぐことしか頭にない極限状態でも

湧き上がった愛情に救われ

普遍の安心を得る感覚は、

架空の世界の前提がある故の真実なのでした。

人間どんな状況に陥っても

愛情を見出すことを本能的に辞めないのかもしれないと。



基本的に圧倒的な絶望感が漂っているんですが、

それでも読んでほこっと温かみを感じられる

オースターらしさ溢れる小説でした。


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