№435

映画「6才のボクが、大人になるまで」(リチャード・リンクレイター監督)を観ました。

ドキュネンタリー映画ではありませんが、オーディションで選ばれた6才の少年が、大学進学するまでの12年間の成長の姿を描い

た作品です

従って、両親役のイーサン・ホークとパトリシア・アークエットも

12年間の撮影に参加しています。


映画は離婚した母親に育てられている姉弟の姿と、週末や夏休み

に過ごす父親と少年との触れ合いを描いていきますが、少年の

画面での容姿は30分毎に変化していきます。

少年の成長と自立に向けた物語と、時間の経過とを淡々と描いていますが、この映画は2度の離婚を経験しながら子育てをし、大学教授として自立していく母親の物語でもあります。


少年の大学進学が決まり巣立つときに彼女が口にする、

「これで自分の役割は終わった。あとは自分の時間を生きる。

この次会えるのは私の葬式かも知れない」という言葉には

泣かされます。

別の家庭を持ちながら、彼を愛し見守り続ける父親役のイーサン・

ホークもいい!


但し、少し長すぎ(2時間45分)なのと、ベタな邦題(原題は、

Boyhood」)は何とかならないのでしょうか?




№434

東映で長くプロデューサーをしていた日下部五郎の自伝

「シネマの極道」を読みました。

日下部は1957年に東映に入社し、製作進行としてプロデューサーへの道を歩み始めました。

映画人口が10億人(現在の10倍)といわれた映画産業の最盛期、

東映の京都撮影所では一カ月に7~8本の映画が作られていて、

日下部自身、映画館にも行けない状況だったそうです。


60年代に入り、映画産業が斜陽に向かうのに伴い、東映の

時代劇にも客が入らなくなります。

ここで出てくるのが、プロデューサーの俊藤浩滋(藤純子の実父)で、高倉健を「網走番外地」で起用します。

任侠路線の始まりです。

日下部も「日本侠客伝」シリーズで高倉健と組み圧倒的な人気を

博し、続いて藤純子の「緋牡丹博徒」シリーズも製作します。

任侠映画が下火になると、菅原文太主演の「仁義なき戦い」を

代表作とする、いわゆる実録路線を開拓していきます。


80年代に入ると、宮尾登美子の一連の作品・女姓を主役にした

「鬼龍院花子の生涯」「陽暉楼」「序の舞」「櫂」等の文芸作品を

製作します。

続いて、家田荘子原作「極道の妻」シリーズを大ヒットさせます。


ちなみに日下部は、「楢山節考」(今村昌平監督、1983)でカンヌ

映画祭パルムドール賞受賞、「花いちもんめ」(伊藤俊也監督

1985)で、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞しています。


ある意味、無定見で無思想な東映という映画会社にあって、

日下部は独特の嗅覚と感性で日本映画史に残る印象的な作品を作り上げた根っからの映画人で、この自伝はリアルで、そして

ユーモアも感じさせる本当に面白い本でした。






№433

出口治明氏の「教養としての世界史」で触れられていた本で

400年以上前、九州のキリシタン大名によって派遣された4人の

天正少年使節を描いた本です。


若桑みどり氏は西洋美術史で図像学の権威ですが、彼女が

専門としてのルネッサンス美術を研究していく過程の中で、

拘っていたテーマのようです。


西洋美術を専門とし、自らも60年代に留学生として船での渡欧

経験をもつ作者は、内面に西欧に対する決定的な違和感を抱えて

いたようです。

そして、かつて彼女と同じ航路でルネッサンスの最盛期ローマ・

カトリックの総本山に向かった少年使節に関心を持ったようです。


まだプロローグを読んだだけですが、作者の想いがひしひしと

伝わってきます。

西洋美術に関する彼女の著作は何冊か読んでいますが、直接

美術とは関わらないこの作品に出合えたことにある種の感慨を

覚えています。



№432

水上勉の小説「飢餓海峡」を読みました。

内田吐夢による傑作映画の原作です。

昭和22年、戦後間もなく北海道函館湾で起きた台風による

洞爺丸の転覆事件と前日岩内で起きた放火殺人事件の

犯人を巡るミステリーです。


岩内(小説では岩幌)で質店を襲い放火・殺人を犯した三人組

の首謀者と目される大男(犬飼)は、洞爺丸転覆のどさくさの中

で津軽海峡を小舟で津軽海峡を下北半島に渡る途中、仲間

2人を殺害、奪った金を一人占めします。

途中で知り合った娼妓・八重のところに立ち寄り、彼女の優しさ

触れ、金の一部を与えます。

八重はその金によって、娼妓を辞め東京で働き始めます。

10年後、盗んだ金を元手にして舞鶴で成功し、篤志家として

新聞に載った犬飼(樽見)を訪ねた八重は、過去の発覚を

恐れた犬飼によって殺害されてしまいます。


小説も映画も犯人を粘り強く追いかける函館と東舞鶴の2人

刑事の姿を描いています。

水上勉の原作では、八重と犬飼のそれぞれの出身地である

下北半島と丹後半島に共通する底辺の人々の寒々とした

貧しさが基調となっています。因みに水上の出身地も舞鶴の

隣の若狭・大飯です。


映画では、期せずして大金を与えられた八重が10年以上

犬飼への感謝の想いを抱き続け、一言、礼が言いたくて

舞鶴を訪れたが故の悲劇に重点置いている気がします。


原作では、八重は東京で出会った運送業の男と関係を持ち

ますが、映画では登場しません。

逆に映画では、下北の妓楼で一時を過ごした犬飼への感謝

の気持ちを持ち続ける八重は、小ハサミで切った彼の大きな

足の爪を大切に持ち続けています。

このあたりは、映画「飢餓海峡」の脚本(鈴木尚也)の非常に

優れている部分です。


原作と映画を丹念に比較することはあまりありませんが、

小説「飢餓海峡」は水上勉の代表作であり、映画「「飢餓海峡」

も日本映画を代表する作品になっています。


そういえば、映画「「飢餓海峡」で素晴らしい演技を見せた

三国連太郎(犬飼)、左幸子(八重)、伴淳三郎(函館署刑事)の

3人共に鬼籍に入り、東舞鶴署の刑事役で少しだけ顔を出し

いた高倉健も先日亡くなり、時の流れを感じます。





№433

映画「フューリー」(デビッド・エアー監督)を観ました。

前作「エンド・オブ・ウォッチ」でパトカー搭載のカメラを使った

臨場感溢れる映像で話題になった監督の新作です。

今回も狭い戦車に乗り組んだ5人の男たちの戦う姿は新鮮

です。

ブラッド・ピットの指揮する戦車団は、性能で大きく上回るドイツ

戦車により壊滅してしまいます。

一台だけ残った彼の戦車は孤軍奮闘し、射撃手として加わった

新兵も戦闘を通じて成長していきます。


迫力ある戦闘場面はスピルバーグの「プライベート・ライアン」と

双璧ですが、何となくゲーム感覚的映像を感じてしまいました。


若者たちが経験する戦場の惨状を描いた反戦映画「西部戦線

異状なし」(1930年、ルイス・マイルストンン監督)には遠く及ばず、

若年兵の成長という意味からは、「最前線物語」(サミュエル・フラー

監督)に軍配を上げたいと思います。


ちょっと期待し過ぎてしまいました。