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夜が明けて間もない空は雲ひとつない。
いつもの電車のいつもの車両に乗り込むと、いつものあの娘が座っている。
まだ十代なのかそれとも二十代なのかよくわからない。
いつものように缶コーヒーを握りしめ、菓子パンを頬張りながら車内のディスプレイに映るタレントたちに笑顔で手を振る。
時折、思い出したように子供が持つようなバッグの中からハガキファイルを引っ張り出しそれをパラパラと眺めては嬉しそうに笑う。
ファイルに収められているのは男性タレントの写真が小さく写っているどこにでもあるような企業の無料チラシだ。
彼女はそのタレントに何か話しかけては恥ずかしそうに、はにかんだ表情を浮かべる。
そうかと思うと不意に立ち上がっては誰にも見えない何かにまた小さく手を振ったりもする。
近くにいた他の乗客は一瞬、怪訝そうな表情を浮かべながら素知らぬ風を装う。
やがて、電車はいつもの駅に着きおれは立ち上がる。彼女も電車を降りる。
階段からエスカレーターに改装されたホームは少しでも先に出ようとする乗客たちでいつも混雑する。
チューブからひねり出されているようだといつも思う。
だが、養護施設だか支援施設だかに向かう彼女はその列には加わらない。
まだ眠そうな顔のおれたちのずっと後方で大好きなタレントが写ったチラシのコレクションやホームに貼り付けられたポスターを見つめては嬉しそうに笑う。そしておれたちがチューブからひねり出される時をやり過ごす。
彼女は毎朝、どうでもいい距離を我れ先にとチューブからひねり出されているおれたちの背中を眺めている。
いつも先を急ぎ、後から来る者には一顧だにしないおれたちの背中を彼女はどんな風に見ているのだろう。
そんな思いが目の前を過り、おれは歩調を緩める。
そして少しだけ背筋を伸ばしてみる。