1月3日(日)は、富山県射水市にある親鸞会館
で、
久々に全国の同朋が集っての御縁でした。
この日は、親鸞聖人の書かれた「帰命無量寿如来……」ではじまる、
あの正信偈(しょうしんげ)の一節、
一切善悪凡夫人 (いっさいぜんまくぼんぶにん)
聞信如来弘誓願 (もんしんにょらいぐぜいがん)
仏言広大勝解者 (ぶつごんこうだいしょうげしゃ)
是人名分陀利華 (ぜにんみょうふんだりけ)
について、詳しい解説がありました。
初めて仏教を学ぶ皆さんには、かなり難しい言葉が並んでいますよね。
実際に、法話で話を聞くと、1から一つ一つ解説されるので、
「そんな意味だったのか!」
と、新しい感動、喜びがありますよ☆
いちばん大切な生きる目的を教えられたのが、
今日、世界の光と仰がれる親鸞聖人です。
先行きの見えない景気、突然の災害、不可解な凶悪事件、
年金・福祉から個別に抱える問題に至るまで、
私たちは日常に、大小さまざまな不安を感じて生きています。
仏教は、それら不安の根本を解決する教えです。
親鸞聖人は、阿弥陀仏の本願によって、
「人間に生まれてよかった!
この幸せになるための人生だったのか!」
という本当の幸福の身に救われました。
阿弥陀仏に救われると、どんな幸せに生かされるのでしょうか?
親鸞聖人は、
「南無阿弥陀仏をとなうれば
この世の利益きわもなし」 (現世利益和讃)
“阿弥陀仏に救われ念仏する身になれば、
この世で、限りない大功徳大利益を頂いて、
幸せ一杯、満足一杯で生活させてもらえるようになるのだよ”
「こころは浄土にあそぶなり」 (帖外和讃)
“心は阿弥陀仏の極楽浄土へ往ってあそんでいるように、明るく愉快なのだ”
とおっしゃっています。
「苦しみ、悩みの絶えない人生に、そんな喜びなんて、あるものか」
「作り話じゃないの?」
「そんな幸せ、単なる思い込みだよ」
だれでも疑問に思うでしょう。
しかし親鸞聖人は、何の根拠もないことを、推測で語られるような方ではありません。
これらは親鸞聖人の生々しい実体験の告白です。
同時に、
「早く皆さんも、こんな幸せな身になってくれよ」
と勧められている言葉なのです。
「きわもなし」と証言されている「利益」(=幸福)とは、どのようなことなのでしょうか?
阿弥陀仏に救い摂られた無限の幸せを、十にまとめて教えられているのが、
有名な「現生十種の利益」(げんしょうじゅっしゅのりやく)です。
「現生」とは、死後ではなく、「現在、生きている時」。
「利益」(りやく)は仏教で「幸福」のことですから、
「現生十種の利益」とは、この世で阿弥陀仏から頂く十の幸せを言われます。
親鸞聖人の主著『教行信証』には、
「金剛の真心を獲得する者は、
横に五趣・八難の道を超え、
必ず現生に十種の益を獲。何者をか十と為る」
と説かれ、十の利益を教えられています。
3日(日)の初聞法会では、冒頭の正信偈のフレーズを通して、
この現生十種の利益についてお話がありました。
一般に、仏教は、死んでからのことばかりを問題にする教えだと
思われているようです。
だから、亡くなった人に対して、
法名や戒名はどうしたらいいのか?
お坊さんに、長いお経を読んでもらったほうがいいのでないか?
墓はどんな墓がいいのか?
法事は、いつ、どのようにしたらいいのか?
そんなことばかりが問題にされています。
でも、仏教を説かれたお釈迦さまも、
浄土真宗を開かれた親鸞聖人も、
一度も、葬式や法事をされたことがない事実を知ったら、どう思われますか?
仏教は、生きている人に説かれた教え。
しかも、すべての人が本当の幸福になれる教えが仏教です。
「本当の幸福なんて言って、そんなの思い込みか何かに決まってるよ」
という人があります。
本当の幸福とは、
絶対に崩れない、色あせない、永遠不変の幸福のことを言います。
思い込みの幸福は、一時的で続きません。
思い込みを、マインドコントロールと置き換えてもいいでしょう。
マインドコントロールのようなことが出来るのかどうかわかりませんが、
仮にそのようなことが出来たとしても、マインドコントロールされて、
何か気持ちのいい気分にさせられたその心も、日々、変わり続け、変化し続けます。
続かないのです。
そのようなものと、仏教が教える真の幸福とは、まったく異なります。
それは、人間に生まれてきた目的であり、
その目的を果たして初めて得られる満足だからです。
人類の歴史は、まさに幸福の追求と言えるでしょう。
ところが、どれだけ科学が進歩し、便利になったと言っても、
幸福になったとは言えないようです。
内閣府が発表している国民生活白書(平成20年版)から、紹介しましょう。
国民の経済的豊かさを表す指標として、
1人当たり実質GDPの変化を見てみると、
バブル崩壊後の不況時に低下はしたものの、
長期的に見れば上昇傾向にあります。
1981年と比較すると、2005年は、約1.5倍にまで上昇しています。
一方、「生活全般に満足しているかどうか」(生活満足度)を
5段階評価の平均得点で見てみると、
84年の3.60が最高で、90年以降は生活満足度が次第に減少し、
2005年には3.07となっています。
これは、経済成長が日本国民の生活全般の満足度に
つながらなくなっていることを表わしています。
幸せ求めて経済成長に努めてきたのに、
それが幸福感につながっていないとは、何と皮肉なことでしょう。
何が人間にとっての本当の幸福なのか?
考えても見れば、私たちは、学校教育で、
国語、数学、英語などを学んできましたが、
幸福については、それ以上に学ばねばならないことではないでしょうか?
そんなことを、思ったりしてみたのでした。
■┓徒然なる ●┓
┗● ひとり言┗■
年始の発行物の1面は赤く「F」の文字。
でも、あまりに大きくて、それと気づかない人が多いようでした(笑)
(うちわの話で申し訳ない……)
富山は、今日も雪。
今週は続くようです。
皆さんも、くれぐれもお体を大切に。
久々に全国の同朋が集っての御縁でした。
この日は、親鸞聖人の書かれた「帰命無量寿如来……」ではじまる、
あの正信偈(しょうしんげ)の一節、
一切善悪凡夫人 (いっさいぜんまくぼんぶにん)
聞信如来弘誓願 (もんしんにょらいぐぜいがん)
仏言広大勝解者 (ぶつごんこうだいしょうげしゃ)
是人名分陀利華 (ぜにんみょうふんだりけ)
について、詳しい解説がありました。
初めて仏教を学ぶ皆さんには、かなり難しい言葉が並んでいますよね。
実際に、法話で話を聞くと、1から一つ一つ解説されるので、
「そんな意味だったのか!」
と、新しい感動、喜びがありますよ☆
いちばん大切な生きる目的を教えられたのが、
今日、世界の光と仰がれる親鸞聖人です。
先行きの見えない景気、突然の災害、不可解な凶悪事件、
年金・福祉から個別に抱える問題に至るまで、
私たちは日常に、大小さまざまな不安を感じて生きています。
仏教は、それら不安の根本を解決する教えです。
親鸞聖人は、阿弥陀仏の本願によって、
「人間に生まれてよかった!
この幸せになるための人生だったのか!」
という本当の幸福の身に救われました。
阿弥陀仏に救われると、どんな幸せに生かされるのでしょうか?
親鸞聖人は、
「南無阿弥陀仏をとなうれば
この世の利益きわもなし」 (現世利益和讃)
“阿弥陀仏に救われ念仏する身になれば、
この世で、限りない大功徳大利益を頂いて、
幸せ一杯、満足一杯で生活させてもらえるようになるのだよ”
「こころは浄土にあそぶなり」 (帖外和讃)
“心は阿弥陀仏の極楽浄土へ往ってあそんでいるように、明るく愉快なのだ”
とおっしゃっています。
「苦しみ、悩みの絶えない人生に、そんな喜びなんて、あるものか」
「作り話じゃないの?」
「そんな幸せ、単なる思い込みだよ」
だれでも疑問に思うでしょう。
しかし親鸞聖人は、何の根拠もないことを、推測で語られるような方ではありません。
これらは親鸞聖人の生々しい実体験の告白です。
同時に、
「早く皆さんも、こんな幸せな身になってくれよ」
と勧められている言葉なのです。
「きわもなし」と証言されている「利益」(=幸福)とは、どのようなことなのでしょうか?
阿弥陀仏に救い摂られた無限の幸せを、十にまとめて教えられているのが、
有名な「現生十種の利益」(げんしょうじゅっしゅのりやく)です。
「現生」とは、死後ではなく、「現在、生きている時」。
「利益」(りやく)は仏教で「幸福」のことですから、
「現生十種の利益」とは、この世で阿弥陀仏から頂く十の幸せを言われます。
親鸞聖人の主著『教行信証』には、
「金剛の真心を獲得する者は、
横に五趣・八難の道を超え、
必ず現生に十種の益を獲。何者をか十と為る」
と説かれ、十の利益を教えられています。
3日(日)の初聞法会では、冒頭の正信偈のフレーズを通して、
この現生十種の利益についてお話がありました。
一般に、仏教は、死んでからのことばかりを問題にする教えだと
思われているようです。
だから、亡くなった人に対して、
法名や戒名はどうしたらいいのか?
お坊さんに、長いお経を読んでもらったほうがいいのでないか?
墓はどんな墓がいいのか?
法事は、いつ、どのようにしたらいいのか?
そんなことばかりが問題にされています。
でも、仏教を説かれたお釈迦さまも、
浄土真宗を開かれた親鸞聖人も、
一度も、葬式や法事をされたことがない事実を知ったら、どう思われますか?
仏教は、生きている人に説かれた教え。
しかも、すべての人が本当の幸福になれる教えが仏教です。
「本当の幸福なんて言って、そんなの思い込みか何かに決まってるよ」
という人があります。
本当の幸福とは、
絶対に崩れない、色あせない、永遠不変の幸福のことを言います。
思い込みの幸福は、一時的で続きません。
思い込みを、マインドコントロールと置き換えてもいいでしょう。
マインドコントロールのようなことが出来るのかどうかわかりませんが、
仮にそのようなことが出来たとしても、マインドコントロールされて、
何か気持ちのいい気分にさせられたその心も、日々、変わり続け、変化し続けます。
続かないのです。
そのようなものと、仏教が教える真の幸福とは、まったく異なります。
それは、人間に生まれてきた目的であり、
その目的を果たして初めて得られる満足だからです。
人類の歴史は、まさに幸福の追求と言えるでしょう。
ところが、どれだけ科学が進歩し、便利になったと言っても、
幸福になったとは言えないようです。
内閣府が発表している国民生活白書(平成20年版)から、紹介しましょう。
国民の経済的豊かさを表す指標として、
1人当たり実質GDPの変化を見てみると、
バブル崩壊後の不況時に低下はしたものの、
長期的に見れば上昇傾向にあります。

1981年と比較すると、2005年は、約1.5倍にまで上昇しています。
一方、「生活全般に満足しているかどうか」(生活満足度)を
5段階評価の平均得点で見てみると、
84年の3.60が最高で、90年以降は生活満足度が次第に減少し、
2005年には3.07となっています。
これは、経済成長が日本国民の生活全般の満足度に
つながらなくなっていることを表わしています。
幸せ求めて経済成長に努めてきたのに、
それが幸福感につながっていないとは、何と皮肉なことでしょう。
何が人間にとっての本当の幸福なのか?
考えても見れば、私たちは、学校教育で、
国語、数学、英語などを学んできましたが、
幸福については、それ以上に学ばねばならないことではないでしょうか?
そんなことを、思ったりしてみたのでした。
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┗● ひとり言┗■
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