みなさんこんにちは。R.Kです。
先日、久しぶりに学校の後輩たちと会ってきました。
とはいっても三カ月しかたっていないのですが……^^;
私たちが抜けた後のサークルもしっかり運営していて、前に「立ち消えてしまうのではないか」と感じていた事をきれいに払拭してくれました。
そのサークルはNPCというサークルで、アメーバでもブログを作っているらしいので、探してみてください。
経営の事について、皆で学んでいこうという目標のもと、私も一時期勉強させていただきました。
いくつになっても勉強というのはついて回るもので、どうせなら自分がやりたい勉強をしようとおもい参加したサークルでしたが、大学生活の中で1,2を争うほど充実した時間でした……
今も小説の勉強をしようと思えるのは、あのサークルで「やりたい事はどんどんやっていこう」というマインドを得られたからかもしれません。
……さて、前置きが長くなりました。
今回は、前にも少しふれた比喩表現について。
比喩を使う事で、自分のイメージを一般化させて読者たちに伝えられる、というメリットがある、というのはお伝えしたと思います。
さて、今回は少し踏み込んで、「どんなイメージがいいのだろうか」という部分を考えていきたいと思います。
例えば、中世ヨーロッパが舞台の時に、「まるで車のように道を駆け抜けていった」なんて書いたらいけません。
比喩はあくまで、「その世界観にあった物で例える」必要があります。
なぜか。
そもそも登場人物たちは「車を知らない」から。
一人称でも三人称でも、基本的に「登場人物が知りえない事」は書いてはいけません。読者は想像の世界を各々作っているのに、いきなり現実に引き戻されてしまうと「冷めて」しまいます。
例えば、自分でもゲームをやっている時に、いきなり「勉強しなさい!じゃないとテスト落ちるわよ!」なんて親に怒られたら勉強する気も、ゲームする気も失せますよね?
……勉強は後でやるよ。と親に返しても往々にして大体やらない(笑)かやっても少しだけ(これは主観が入り過ぎているでしょうか^^;;)
これは比喩表現が関わる事例ではありませんが、小説を読んでいるうえでもこういう事が起こっていると思っていただいて構いません。
前の例で言うなら車ではなく馬車をたとえに使うとか、そもそも「風のように走って行った」と物を変えるのもいいと思います。
そしてもう一つ。
比喩表現は、登場人物にもわからなければいけませんし、読者にもわからなければいけません。
例えば……
この形はまるでベンゼンみたいだね。
なんて書いても、多分わかる人は少ないでしょう。
「ベンゼンってどんな形しているんだよ!」
となるのが普通だと思います。
たとえ登場人物が化学が得意な大学生だとしても、読者にもわからなければいけません。
もちろん、そういった「わけがわからない比喩」を狙って使用するなら問題はないでしょうが、その後に分かりやすい表現で置き直す必要があるでしょう。
ベンゼンは単純に書けば、六角形の構造をしていますから、蜂の巣だったり、ナットだったり、鉛筆だったり……身近で分かりやすいたとえは多くあります。
さて、今回はここらへんで。
次回はもう少し、比喩表現について考えてみたいと思います。