第68回日本音楽学会全国大会
【会期】
2017年10月28日(土)、29日(日)
【会場】
京都教育大学 藤森キャンパス
日本音楽学会の全国大会が、今年は京都で開催されるとのことであり、行ってみた。
こういう場に参加するのは初めて。
理解できるかどうか心配だったが、参加してみると、意外にも大変面白かった。
プログラムを掲載しておく。
なお、公式サイトはこちら。
全ての講演を聞きたかったが、時間的に重なっているため、無理だった。
中でも面白かったのが、パネルディスカッションの“作曲家の自筆資料は私たちに何を語るか――着想から「作品」へ――”というコーナーである。
ここでは4人の研究者たちが、4人の20世紀の作曲家の自筆譜を調べ、作曲に至るプロセスを検討し議論していた。
概要を簡単に記しておきたい。
1. ヴェーベルン (浅井佑太さん)
弦楽四重奏曲 作品28 (1937~38年)
ヴェーベルンは、初期の頃は普通に作曲していたという。
しかし、この弦楽四重奏曲など、十二音技法を使用するようになってからの作品では、全くユニークな作曲法に変化した。
すなわち、「リズム的逆行」だとか、「リズム的カノン」だとかいう「書き方」を予め設定し、そのもとで音列をあれこれ組み換え、交換していく、という手法である。
同じ曲なのに、スケッチを直すたびに、メロディ(音列)が全く変わってしまうのだ。
リズム的に逆行したり、あるいはカノンの形を取ったりといった、「進行のしかた」「書き方」のほうが保存され、メロディは保存されないのである。
作曲というものは、通常、まずメロディを思いついてから、それをどう料理するか「書き方」を決めていく、という順序ではないだろうか。
メロディは、ふつう、曲のアイデンティティのかなりの部分を占めていると思う。
スケッチのたびにメロディが完全に変わってしまうなんて、まるで別の曲のようである。
私は、驚いてしまった。
ちなみに、シェーンベルクはメロディ(音列)から入っていき、曲の流れを頭の中でほぼ決めてしまうことが多く、ベルクは全体の時間的な配置、枠組みから決めていくことが多いとのこと。
この3人、新ウィーン楽派としてまとめられることが多いが、作曲のしかたは全く違うらしい。
2. ストラヴィンスキー (池原舞さん)
レクィエム・カンティクルス (1965~66年)
ストラヴィンスキーの作曲法もまた、衝撃的だった。
なんと、切手大くらい、大きくてもはがき大くらいの大きさの紙片に書きつけた短い楽譜の断片をあらかじめたくさん書きつけておいて、作曲の際にそれらを選び、並べ替えて、大きな紙面に貼りつけ、それらを結合して作曲していたという。
この「レクィエム・カンティクルス」は最晩年の曲であり、十二音技法を用いて書かれているが、このように断片を貼りつけるやり方で作曲していても、音は偏ることなく、ちゃんと理論通りの十二音技法になっている、とのこと。
では、十二音技法を取り入れてから、こういった断片の切り貼りをするようになったのかというと、そうではなくて、なんとあの「春の祭典」においても、切り取られた紙片に五線ローラーで譜表を引き、そこに短い楽譜を書いて、並べ替えて作曲していたとのこと(詳細はこちらのページなど)。
「春の祭典」のような、もはや古典と言ってもいい有名曲でさえ、「インスピレーション」があって曲の流れがそのままの形でできあがったのではなく、断片の切り貼りから生まれてきたというのは、私には衝撃だった。
もちろん、断片をどう並べ替えるかという段階で、インスピレーションが重要な役割を果たしただろうけれど。
まぁでも言われてみると、あの変拍子、独特なリズムやアクセントが、断片の並べ替えによって生み出されていたというのは、何だかしっくりくる。
3. リゲティ (奥村京子さん)
サンフランシスコ・ポリフォニー (1973~74年)
この曲では、まず「描写スケッチ」という、曲全体の概念図のようなスケッチが最初に作成されている。
このスケッチには、横軸に時間軸が書かれ、水色の曲線でトーン・クラスターの輪郭が描かれている。
そしてここには、音楽に関係あったりなかったりする、数々のキーワードが記載されている(「水の世界」「ドン・キホーテ」「つる植物」「弦楽の中に」「管楽器のシグナル」「コリンダ」「エコーのように何度も反映」「(12音ではない)」「Moderato」「Lento」「accelerando」「g音」「混乱-透明」「あちこちにハードでユニゾンのメロディ」など)。
そして、この後に書かれた「図形スケッチ」には、広い音域にわたる和音から開始され、徐々にバスが半音階的に上昇していって、最後は4つの完全四度によりいったん終止する、という具体的なコンセプトが書かれている。
最終稿では、このような半音階的な上行はやや崩れており、また予定外の音が付加されたり、完全四度も4つでなく2つのみになったり、といった小さな変更はあるようである。
しかし、概して大きな変更はなく、「コリンダ」(ルーマニアの民族音楽)に特徴的な「g→c」の進行がみられたり、このメロディのエコー的な繰り返しがみられたり、「Moderato」「rallentando」「accelerando」の3つのテンポが並行する「ポリテンポ」がみられたりと、当初のコンセプトがほとんど保たれているという。
これもまた、かなり特徴的な作曲法といえそうである。
4. ブーレーズ (東川愛さん)
初期の電子音楽(「エチュードⅠ、Ⅱ」「機会交響曲」「力のための詩」) (1950年代)
ブーレーズは、まず数多くの数字の載った詳細なセリー表を作成し、その後それをシェーマに変換して水平・垂直構造を決め、それからモンタージュのプランを詳細に作成してから、作曲へと進んだようである。
セリー表のうちどのセリーを使うかというところにも、ある程度の規則性があるという。
セリーのことはよく知らず、難しかったが、とにかく一定のシステムに当てはめて曲を作っていく、ということのようだった。
これら4人の作曲家の事例から、何らかのメロディをまず思いつき、それを展開させていく、という一般的な(と思われる)作曲法は、20世紀にはもう採られなくなってしまった、ということが分かる。
また、同じ新ウィーン楽派でも、シェーンベルクとヴェーベルンとでは、作曲のコンセプトからして全く異なることが分かる。
これらのことは、私には大変面白かった。
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