前のブログでは、保育園の頃を綴りました。


あまり文章は得意ではなく、まとまりがないことをお許しください🙇‍♀️


小学生時代を綴っていこうと思います!


卒園し、小学校に入学しました。

普通ですね笑笑


小学1年生の頃初めて(父の顔の記憶がないので)

父に会いました。

父は母と離婚してすぐ、ギランバレー症候群になり下半身が全く動かなく、車椅子でした。

薬の影響で、顔がむくみ、写真では父は立っていてすらっとしており背が高く顔もシュッとしていたので、誰だかわかりませんでした。

初めてあった時、私は覚えているのは心の中で、

誰だろうこのおじさんでしたが、母にパパ?と首を傾げて聞いていたそうです。


それが父との初めての再会でした。


父は、母と離婚の時約束していた、養育費、クリスマス、誕生日などのお祝いは子供達送ると言う約束は養育費は最初の数回、プレゼントはちゃんと届いたことはあまりなく、四年生で終わりました。母が毎年、父からだよと渡してくれていたのを私は気づいていて覚えています


なので私は、今だから口ではパパと言えますが内心たまに会うおじさんと言う印象です。


ここまでが初めてあった父からの印象です


そして小学2年生のときから私はいじめを受けました。


理由はあまりありませんが、多分私が思うにいじめやすい子だったのではないかと思います


いじめは典型的でした。


裏でこそこそ言う

触れたものは汚いと言われる

ジャンパーや筆箱はゴミ箱やトイレに捨てられる

一緒に遊べば、いじわるされたり、かくれんぼすれば私だけ置いていかれる

一緒に遊んでいると仲間はずれにされる

いじめをしている子が骨折をしているとき、隣の席で足が当たってもいないのに、けられたと先生にいわれ注意されたので怖くなり足を反対の窓際の方に傾けあからさまに当たらないようにしましたがまだいわれ最後には、担任も私に親に言うよと脅されました

担任は、絶対に気づいているのにいつもいじめている子の味方でした。


しかし私が一番悲しかったのは、保育園の頃から一緒で親同士も仲良くしていたHちゃんが虐めてくる人たちの中にいたことです。


私のいじめは小学校四年生まで続きました。


私は、忙しい母に言ってはいけない

なぜか子供の頃言ったら心配かけるし、何も悪いことしてないのに怒られるのではないかと思っており言えませんでした。


地域のお友達のママさんが母に、相当なことされてるよと言ってくれたこともありましたが、母は小学校の職員で忙しく私にかまっている暇がなかったようでした


小学五年生の頃少しは強くなってやると決意し、

男の子と女の子の一番活発な強い子達と仲良くなりました。

そのころから少しいじめてる子達も私がその性格のいい強い子達と仲良くしているのを見て、怖くなったのか媚を売ってくるようになりました。

それでもいじめる子はいましたが...笑笑


そんなこんなで戦い抜きました。


そんな感じで小学校を卒業しました。