これから話す事は、重く暗い話になり得ます。
読む事を少しでもためらうなら、読まずにいて下さい。
「献体」皆さんも一度は耳にした事がある方もいるかもしれません。
亡くなった後、自分の体を医学に役立てていただく事です。
自分の場合、親は高齢、兄弟はいません。
親族との関係も疎遠です。
自分も40歳を過ぎて、人生の折り返し地点をとっくに過ぎました。
精神的な病気、自堕落な生活をしたからだろ!!自業自得だと揶揄や誹謗中傷を受けた糖尿病、また長年のメンタルの薬の副作用からくる、パーキンソン症候群。
幼い時から病弱でした。
母1人子1人の生活。幼心にも親に対しては、申し訳ないと思う気持ちを持ちながら、この歳まで生きてきました。
母も高齢となり、軽い認知症が始まり、本人はそれに気付いていないし、病院や支援さえも拒む。
どの家庭でもある事だと思います。
両親の事、自分の事、またパートナーがいればパートナーとの関係性も。
母の認知症に気付いたのは、やはりコロナ禍の始まりがきっかけでした。
普段は普通にできていた事ができなくなり、話も右から聞いて左から聞き流すようになり、わがままが増え、食事もガラッと変わった事。
良く「子供かえりする」とは耳にしていました。
本当にその通りだなと。
母はとても厳しい人でした。
今で言う「毒親」とでも言いましょうか、気分次第では手をあげるような人でしたし、昼夜問わずに働き詰めだった事もあり、自分は鍵っ子でしたが、友達を家に呼んで遊んではいけない、友達も母の決めた友達意外とは遊んではいけない、他にも様々な決まり事のような、子供にしたら1番遊びたい友達を作りたい時期に友達が作れない子供時代、学生時代を送ってきました。
一度は母に対して反抗した時期ももちろんあります。
しかし、それ以上に学生時代はイジメが酷かったので、学校に行く事自体が辛く、またその辛さを話せる友達がいなかったし、教師からもある意味では厳しい言い方をされた経験もあり、学校に行ったとて、自分の居場所がなかったのです。
ある時、今住んでる街に転校してきて、イジメ自体もなくなりましたが、方言や体格に対しての事が自分の中でコンプレックスに感じていたので、不登校も何度か経験しました。
そんな中でも、転校先ではかけがえのない「親友」がやっとでき、卒業後もやり取りなどもしてましたが、成人を迎えある日突然、親友の1人が亡くなり自分を責めました。
自分が手を差し伸べていれば、彼は亡くなる事はなかったと。
それは今でも胸に深い深い傷として残っています。
あとは、やはり病気をしてから離れていった親友。
一言も残さず、連絡もなく去っていった。
彼には彼の人生がある。元気でいてくれれば良い、噂で元気でいると聞いたから、それなら良かったと。
何度か手紙を書いたけれど、宛先がないからと舞い戻る事がないならば、読まずに破り捨てれていたとしても、元気でいるならそれでいい。
この歳になり、学生時代とは見た目は全く違うから、街なかで同級生に出会うけれど、向こうは全く自分には気付かない。
でも、元気そうでなによりと思うし、子供を連れていれば、結婚して家庭を築いて幸せそうな笑顔で歩く姿を見てなんでか、心が落ち着いて癒やされるという言葉が合っているかは分からないけど、そんな自分がいたりする。
そんな中で今は、自分の病気、母の生活のサポート、就活。そんな毎日の中で気持ち的に強まっていくのが、二十代の頃から決めていた「献体」
自分の死後、大学の医師の方々のためになるならばと、ずっと思っていた事。
もちろん、自分の希望もだが、結局のところは自分亡き後は、家族の同意がなければ「献体」とはなれない。
自分は病気をいろいろ抱えている。
医師からしたら、何かしらの役に立てるであろう自分の病気の体だ。
死に対しては今は怖さはないが、今のパートナーや親友の事となれば話は違う。
一度でもやり取りをした事がある人、出会った事があって、長年の付き合いのある人は、どんな形であれ自分としたら「親友」なのだ。
人それぞれ価値観や感じる事は違うだろうから、自分の事を「変わり者」と思うだろう。
しかし、自分が1番苦しんだ時期に、人格否定をされたり、1人の人間としての扱いをされなかった経験をしてきた自分からしたら、赤の他人から手を差し伸べてもらい、どん底の底辺の底辺にいた自分に「どうしてこんなにも…」と思う程に、手を差し伸べてくれた人がいたから、今の自分がいる。
病気をした事で離れていった親友は数知れない。
本人が病気になった時、寂しさからだろうラインがきたが、退院後は毛嫌いされ、重いだの面倒くさいヤツだと言い放ち連絡は途絶えた人もいる。
こういう話自体、聞きたくない人もいるだろうし、揶揄や誹謗中傷したい人もいるだろうが、自分は今こうして生きているのは、本当に廃人同然となった時、自らの命を無くしてしまいたいとまで思い詰められた、医師の言葉もあった時に、差し伸べてくれた手があったからこそ。
だから、自分がどんなに苦しい生活や体調の時でも「親友」を見捨てる事ができないのは、生まれ持ったものでもあるのだろが、底辺の底辺にいた時の経験があったからかもしれない。
1日2日は見て見ぬふりをする自分がいるが、やはり気になったら行動せずにはいられない。
10のうち1でも、おこがましい事だが、相手の何か立ち直るきっかけや、1人じゃないんだと少しでも思ってくれたらと思うから。
だから、自分は自分が亡き後「献体」をしたい、そう思っている。
今のパートナーにはやめて欲しいと言われている。
それはそうだろう、亡くなった後に献体として、パートナーの自分がいくら医師の役に立つからと、数年亡骸に会えないのだから。
だけれど、生きる希望を無くしたから話しているわけではなく、それに今の世の中、他人との関わりを持ちたがらない人が、田舎でも多くなってきている事、それにみんな自分自身で大変だから他の人の事までは気にしていられないんだよ、と親友からの一言も自分の中で「献体」に対しての気持ちが強くなったのかも知れない。
命は大切にして欲しい。
苦しい時には苦しいって話せたら、どんなに楽か。
寂しい時には寂しいと話せる相手がいたら、どんなに嬉しい事か。
それがパートナーや親友であっても、そうではないブロ友さんであっても、自分と交流してくれて、本当に有り難い事だと思っている。
人は1人じゃ生きていけない。
誰かが支え、誰かが誰かを思いやる気持ちがあるから、人は生きていける。
独りぼっちだと思っている人は掌からこぼれ握り締める事ができないほどいる。
自分のように、こうして言葉にして発言できる人だけではない。
殻に閉じこもり、暗い部屋の中でただただじっと、1日1日を懸命に生きている人がいる。
助けて欲しいと声をあげたくても、あげれない人がたくさんいるのだ。
変人、変わり者だと自分を思うだろうが、これが「自分」という1人の人間だから。
別に偉ぶりたいわけじゃない、誰かに同情されたいわけじゃない。
ただ、年齢問わず、辛い哀しいという心の叫び声をあげれない人が、たくさんいる事。
突然の事故や病気で体の自由を奪われ、生きる希望を見出だせずにいる人。
事件や事故で、愛する人を亡くし、やるせない気持ちで生きる人。
無関係で冤罪や誹謗中傷をされ、人との交流さえも拒まれている人がいる事。
どれも、今の世の中にある本当の事実だから。
ネット社会が悪いとは言わない。
ネットがあるから自分もこうしてブログを書けているし、パートナーや親友、ブロ友さんと知り合う事ができたから。
ただ、そのかわり、人と人とのコミュニケーションが、心と心の交流が希薄になっているような気がするのは自分だけなのかなと、そう感じながら日々を過ごしている。
この話は、ずっと前から思っていた事。
何も最近、思った事ではない。
救えること、救えないこと。
承認欲求って言葉、言われた事もあるし、悲劇のヒロイン気取りたいだけだろとも。
でも、そんな事を言われたままなら、どんなに気持ちに溜まった事も言えずに、言いなりになったまま生きていく事に自分は嫌気がさしたから。
自分が犠牲になる事で、相手が少しでも楽になるなら、それは自分は嬉しい事です。
うざいオジサン、お節介なオジサン、そんな事を言われても、これが「1人の人間」「1人の自分」だから。
別に病気が悪化したとか、何かあったから書いたわけではなく、前々から書きたかった事だから。
言葉に出したい人がいても出せない人がいるし、自分もそんな経験したから、言える事があるから。
きっと、生き急いでいるのかも…と、最近は自分でも思うけれど、人間こうして今日は元気でも、1分後、1時間後、今日、明日、どんな事が起こるかなんて予測不可能。
話したい時に悔いなく話しておかなければ、後から悔やんでも、悔やみきれない事ってあるから。
なんか、三連休の最終日に書くような内容じゃないけど、今日くらいは少しゆっくりのんびりと、過ごしてもバチは当たらないだろう。
※コメント欄は今回は閉じさせていただきました。
何か気かかる事があれば、メッセージをいただければ、返信は遅くなりますが、きちんと返信はしますので。
それでは。
龍之介