こんにちは☆
新年一発、あけまして☆、もないままに、これかよ!
いや、それより、見てみて欲しいのは~
この超高層ビル~
上から下まで、何をしたって、でかい!
このビル、おっさん、一人、なにしてんの~!?
かっちょえ~、49歳。外人。
だから何ってわけでなく、
これっぐらいのことをする、外人のエネルギー。
すげーよ!心底、えれーよ!
オールスタント、本人~!!
すげーな!まさに、リアル・エゴ!
「過酷さ、ハードを物にする!」
このおっさんの信念。今聴こえるの。
こういう新年構造、あ、違った、信念構造!
(え?お後が宜しくない?じゃ、続ける・・・)
ジョン・トラボルタ、エディ・マーフィあたりじゃ、まだ
くも膜下出血・・・、ならぬ、まだ見ぬ果ては無限~、
お?
無限ていうのは、案外、どこも行き先
行き先に対する「対象」がないことを言うって。
そうそう、だからね~、私はそろそろ
限界、「無限」を明かさないのはやめにする頃。
無限って、あ~た、そりゃあ、過去にいくら頼んだって
行けそうでないイメージの場所には、世間的にはでんぐり
返ったってそこにゃあパラダイスは広がらない。
結局、無限、いくら叫んでも、現実においくら?
HOW MUCH?
お金がモノを現実生み出そうとする社会、今、
価値の世の中には、無限は確かにそれそのものは
キレイかもしんないけど、目的、創造と言う価値基準を
満たすための念力としてはあんまりそれそのままでは
ワークできない、そのままでは価値や何かを産まず、
産物を非常に特定しにくいことが今いろんな流れから
ようやく理解し始めた。
そんなわけで~、今後は「価値の基準」。
一旦、なにかを新しく創造する前に、自分の中にあらゆるもの、
下限から上限のない基準、全ては無価値=それは全ての創造の基準。
思い返してみれば、宇宙の起源、創造はなにも無い、ゼロ、
スタートは「無」。
絶対的に、基準はゼロをスタートにして、はじめは物事が進む。
そこを起点にあらゆる規模の大爆発、創造が起きる。
ゆえに、振り返って自己に話を戻す。
自分とは何か。自分を探るにあたって、
自己回帰においても同じ次元で物事、価値のスタート。
つまり、一旦は収縮。私が私になりたい、そう思ったら、
その過程に一旦ゼロがはじめから起ころうとする。
今日のお客様は、一方で私(本人のめざめ)のしたいことに
あんまりやる気がなかった人。創造にはとんと興味がなく、
それを今日、決めようと思いたい、それができるならそれはどんな世界?
私の基準はどう広がるの?
それをまず見たいと思って急遽ご来店。
結局、何をやっても私の場合、仕事の話に繋がるけど、
これも未来、どっちでもない、どっちも半々こ、
うーん、脱線が限りなくゼロになるまで続く。
未来。先延ばしによる影響から、自己の実現まで、
見たくないものから先に前に。
こういうの(脱線すること、遠回り)、「もっと楽しい!」と感じたら、
誰でもすぐに見つかる、答え(自分の中の基準)。
創造は力だよ。
あなた。カギ。
愛はまやかしではなくて歌。
歌みたく全ては消える。
瞬間、瞬間をすごく楽しいものとして捉えようとする。
歌うって、全て、瞬間、瞬間を食べるもの。
時間が経って残るのは味わい。ジワ~、って味わったあの感想だけ。
それすら現実の前では不名誉に近いぐらい流れるなら、
それはその不確かさを持続し続けるための、やりたくなかった
「力の解放」をまだしようとしてこない。
そんな風な現象がもしまだ起きたくないって言うなら、
きっと今、見に行く準備をしてる。
力は物事には必要なんだ、って。
ちゃんと実現するためのエンジン。
私の中にあるどっちも半分。
それは今、両方を迎えに欲求をストレートに持つ。
私ね、全てを手放し、その両方を迎えに行くため、待つ。これから。
次元が再び自分の力で、私のためにもたらされるんだって
愛情で満たされたかった、それを見守り続けることで生まれる新たなスタート。
ようやっと自然走行が自然に進み始める、前へ。
ああ、もっと前を見てもいいなって最近少しずつだけど、
自ら進む未来に、
私、「やりたくない」を重ねない努力、結果、ちゃんと、
「あ、私の見たい未来、創造」、そういうような印象が
限りなく進んでいる気持ちを前に後押し。
言いたいことの半分もきちんと伝えることがないのも、
「やりたいこと」。
ちゃんと認めてみると、
「ああ、愛なんだなあ、これも。
人はそういうところを見てるわけじゃないかもしれないよ。
誰だって言いたいことの半分も。伝えるの…。
それがどうこうの、なんかそういうのもどうでもいいのかも」
キレイゴトが大好きすぎるんだな~、って、今なら感じる。
ちゃんと正路を立てて欲しいし、分かりやすく、簡潔に、まとめて。
だからそうじゃない文章に余念がないことが、なんだかすごく
苦労をしょうようなことに似て、めちゃくちゃでも、なんか、
楽に書けた方がうんと後で心に沁みるんじゃないかな。
私だけじゃなくて、自分で書いてなんだけど、後で、
よくわかんない、そう思いながらも、あんまりキレイじゃない文章、
でもなんか覚えてるよね、人は。
期待と違う。
でも、それも砂、思い違いであって、やれば出来るも意味
がちがくて、本当に実現って、ただ目の前の事象、私が
見たいと思ってる私、自分を、ちょっとでもいいから認める、
褒める、そうか、これがいいって分からせたかった、
そんな風に捉えれば、なんにも怖いものじゃないんだなあ~。
私、今、変化にビビる、後づさり。
後方部隊、もっと後へ、押し返しながら、
頭いてー、腹痛~、違った、前だ、前へ。
おかしいな、私はただ、トム・クルーズへの感謝とも畏敬とも
違わない興奮を、ただ、三行くらいにまとめたくて話を
載せたかっただけなのに、意図とは全く不思議なもの。
長くなればなるほど、繋がる場所は、ただ、今よりも一歩前の自己。
あんな世界になりたいな~、
トム・クルーズのように世界が自分、
って何かな~。
それが中心になって、最後は、
変化に十分、前向きになること
それが後方部隊を前に、後ろではない、
前に進もうっていう自己の思いをうんと押し上げてくれる。
そっか、「あんた、前に行きなさいよ」、じゃなくて、
私が素直に「前に行きたい」、「前が怖くない」って思うことが、
どんだけ、後の人への支援か。
そんな感じで、今日のブログ、すっごく長いけど、私は納得が高い。
だからと言って人には全然うまく伝わらない。それはそれ。
人はそんなの見たいわけじゃないんだろうから。
見たい人がいても、私の幸せのが見たい(笑)。
私の幸せに繋がるのがこっちなら、やっぱ優先、スタートは
自分への絆をどれだけ高められるかをやり続けること。
過去、それは怖いことだっただけに、ここで終わるの、
めちゃ気合いいる。
あー、でも、私は未来はそれがいい。
私の喜びこそが重要だって。
そんな風に大事にする自分。
それが絶対、みんなの120%が好きな応援とか感謝につながるなら、
私が私だけのため、っていうのを
もっと自慢したい大人、
それを肯定して拍手できる自分になる。
いま、それが嬉しい感じ。