私たちUni-Tableは、10月11日、東京大学工学系研究科 社会基盤学専攻 マネジメント・グループのピーター マトゥス (Petr Matous)講師にインタビューを行った。

東大相撲部主将で世界選手権にも出場された先生は、知性溢れる流暢な日本語で、研究内容、研究スタイル、日本の学生に伝えたいことを、外国での経験を交えながら語って下さった。


Q:研究内容について教えてください。
【持続可能なインフラマネジメント】
私は社会ネットワークの理論を用いて持続可能なインフラプロジェクトの実施・運用のあり方について研究している。主な対象は低開発地域や日本の山村集落だ。日本の都市部では蛇口をひねれば誰でも水を飲むことができるが、一方で、途上国の低開発地域では、誰もが水を自由に手に入れられるわけではない。その解決には、その地域の特性を理解した上で、地域のネットワークをより効果的に活用することが求められる。低開発地域でのプロジェクトの効果的な実施・運営には、対象となるコミュニティの社会構造を考慮することが大変重要だ。なぜなら、これらの低開発地域の人々は、飲用水のような生活必需品を入手する上で、その地域で展開される人間関係のネットワークに依存している。私は地域社会をネットワークとして定量モデル化することによってこれらの人間関係の構造を分析し、その地域に相応しいプロジェクトのあり方を提案している。


【隙間を“つなぐ”研究スタイル】
研究を行なっていく上で、discipline(理論的枠組み)に囚われないようにしている。なぜなら、世の中の問題を解決するための効果的な手法が、あるひとつのdisciplineにだけあるとは限らないからだ。実際に私は社会学からいろいろな手法を援用してインフラマネジメントの研究を行なっている。これは数学のような既存の理論体系から新しい理論を発見するような正統な研究スタイルとは異なり、複数のdisciplineの隙間をつなぐ、橋渡し的な試みだ。ただ、この研究スタイルは学術的な評価が難しい。しかし、学術融合的な研究が社会に貢献していることは確かだから、簡単に諦めるわけにはいかない。時間がかかるかもしれないが、自分で小さな研究分野を作るという意識でやっている。解決すべき問題があり、そのために様々な分野から適当なツールをもってくる。正にエンジニア的な考え方に基づく研究だと考えている。


$Uni-Table@東大


Q:日本の学生に伝えたいことは何ですか?
 研究に取り組む姿勢としては、参考文献を読むことばかりに時間をかけず、読みながら、とりあえず何かやり始める方が良い。行動しながら学んでいくことによって、より多様なことを吸収でき、研究も進展することを実感する。
日本の学生に必要だと思う事は、時間を大切に生活することだ。先生の目を気にして研究室にだらだら居るとか、興味のない講義にも関わらず、単位取得のためだけに出席する等は、本当に時間がもったいないと思う。また、学生時代に活動的で、人間的にも面白かった人でも、卒業後は、お金を稼ぐことが一番の目標になったり、社会に迎合して自分の興味のあるテーマに取り組むことをあきらめてしまう人が多いことは残念に思う。不安な社会情勢ゆえに、自分のしたいことを満喫するのは学生時代だけ、と割り切っている人が多いようだ。しかし、人生が一回きりであることを考えれば、学生時代も、卒業後も、自分の興味や熱意に正直に、活動的に生きるべきだと思う。

外国に住んでみることは、視野を広げさせてくれる。自分の考え方とは異なる人達と友達になることで、自分がより開かれた姿勢で生きるようになる。海外に行ったからといって、すぐさま人格的に成長したり、物事がより分かるようになるわけではないが、異なる考え方を持つ人達が集まって切磋琢磨することによって革新的な価値が生まれる可能性が高い。日本は島国だから閉鎖的だとよく言われますが、それはあまり理由にならないと思う。例えば、フィリピンも島国だが、鎖国的ではない気がする。

制度を部分的に変えたとしても、社会の構造がすぐ変わることはない。この震災を期に、復旧だけに留まらず、制度全体を根本的に変えることが必要。根本的に社会を変えたいと思う学生がもっといていいはずだ。ところが、日本、世界の社会情勢に興味すら持っていない学生も多い。60年代の安保闘争の頃の東大の様子をYou Tubeでみたが、今の東大生とのあまりのギャップに衝撃を受けた。「これからの日本、世界を担う大学生」として奮起して欲しい。


$Uni-Table@東大
私たちUni-Tableは、東北大震災から約3ヶ月経った6月24日、東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 放射線植物生理学研究室 の中西友子教授にインタビューを行った。

今回の震災を通して社会全体の枠組みが変わっていくべき長期的な方向性について、考えさせられる示唆に富んだ内容をお答え頂いた。




①今回の震災・及び震災後の対応や、そこにおける「科学」の役割についてどのようなお考えをお持ちですか?

今回の震災を経験して、基礎研究の重要性を実感した。政治や経済状況によって様々な想定が設けられているため、「想定外」の事態が生じてしまう。しかし、ありとあらゆることを考えるのが学問なので、学問には「想定外」はない。今回の震災のように、社会で思いもしないことが起きたとしても、学問にはその状況を説明する責任がある。研究上で「想定外」という言葉は使ってはいけないと思う。

そのためにはあらゆる可能性を探る基礎研究を積み上げていくことが非常に大切である。真理を探究することをやめてはいけない。すぐに利益が見込めないとしても、基礎研究の重要性を社会に理解してもらい、それを発展させていくのが大学の責任であり役割といえるのではないか。



②一方で最近よく「分野横断」、「学術融合」が叫ばれていますが、何故必要なのでしょうか。

自然科学は「こういう前提でこういう結果が得られる」という一義性、再現性を重んじる。しかし、実際に生物を見てみたら再現性を見出すことが困難なことが多い。ましてや社会を見てみたら、再現性も一義性も見られないことが多い。再現性がないと物理法則は適応できないし、数学的に解くこともできない。そのような理路整然と解けないものを研究対象としている学問こそが、人文・社会科学である。

にもかかわらず自然科学者は、このような一義性・再現性の低さ故に人文・社会科学をおざなりにする傾向がある。しかし、人間を含めた真理を探究するという側面からすれば、学術は全て同じところから始まっている。ある切り口で切れば物理が出てきて、ある切り口で切れば生物が、経済が、文学が出てくる。そして、簡単な法則では扱えない私たち人間が生きている社会について考える時、人文・社会科学という学問が必ず必要になってくるのだ。自然科学と人文・社会科学を融合することで、何が見えてくるかを探る必要がある。

これは、現在、東大で総長の呼びかけでサステイナビリティに関するワークショップを始めている由縁である。そこでは、これまで自然科学を中心に据えすぎたことを反省し、人文・社会科学を中心に据えてサステイナビリティを考えるという試みを行っている。



③サステイナビリティに注目するのは何故でしょうか。

環境問題が判りやすい例であるが、これからは成長し続けることよりもいかに維持するかも考えるべき時に来ている。何かを維持していくということはすごく大切で大変なことである。例えば「平和」は、成就するのも難しいが、それを維持するのはもっと難しい。にもかかわらず、維持することは地味なことだからなかなか視点にならないことが多い。

これから目指すべき社会像としては、「持続可能な社会」が重要である。みんなが安心してそこで暮らしていける社会を持続することの難しさに気付き、社会全体で「うまく維持していく努力」に注力していくべきだろう。



④これからの時代を担う、若者に向けてメッセージをお願いします。

是非長い目で社会を見つめられるようになって欲しい。マスコミやインターネットを介して日々入れ替わってくる情報に翻弄されれば、とかく長期を見る事は難しくなる。一方学問というのは積み重ねられてきて初めて役立つ面がある。激しい変化が常である人間社会を「安定して持続」するためには、想定外の変化に対応する準備が必要不可欠であり、そのためには幅広い分野において基礎研究を継続していくことが極めて重要である。

イノベーションとはいきなり生じるのではなく、「気が付いたらあれがイノベーションだった」とわかることが多い。初めから何に役立つかと聞かれて口ごもることもあるかもしれないが、自分自身で信念を持って、そういう大きなイノベーションに挑戦してほしい。




【インタビュー参加者の感想】

目指すべき社会像として挙げられた「持続可能な社会」という標語はこれまでも耳にするものであったが、今回のような震災を経験することによってその意味が一層リアルに感じられるようになった。その実現のために今回先生が強調されていたことは、多様な分野における基礎研究の強化と、簡単な法則では扱えない「人間」を中心にそれらを連携し「持続可能な社会」をデザインすることの2つだった。

「基礎研究の重要性」は、一研究者としてなかなか確信が持てず悩むことの多いテーマである。それは、日の目を見ない基礎研究も多いためである。しかし、「何が起きるか分からない社会において持続可能性を追求するために、多様な対応力を養い続けることに意味がある」という大きな観点として捉えることで、その重要性を確信することが出来た。

このインタビューの直後に、放射能の吸着剤として“天然ゼオライト” という鉱物の活用が注目されているという情報を目にした。しかも世界で有数のゼオライト鉱山が東北に存在しており、主に土壌改良材としてではあるがその採掘や加工ルートも確立されているため、吸着剤として使用する準備が整い次第実用化出来る状況という。(正確な情報はこちらhttp://yappon.at.webry.info/201104/article_2.html)
今や大きな希望だが、土壌改良材の一つであった時代にこれほどの価値を感じることができたかについては全く自信が無い。「社会の持続」を考えるためには、私たちが「今」あるいは「個」だけに捉われない視点を持つ必要があるのだろう。

後者は、自然科学が価値観の中心になっている現代社会に対して、極めて重大な問題提起だと感じた。人間には、「自然科学的に理解できる身体」という一面とともに、「自然科学的には理解できない何かしら」という一面があることは現在のところ否定できていない。しかし思い返してみれば、そんな人間が営む社会の在り方について考える際にも、無意識に自然科学的な法則を当てはめようとしていることが多いように思う。

今回のインタビューは、短期的な震災復興というよりも、今回の震災を通して社会全体の枠組みが変わっていくべき長期的な方向性について、考えさせられる示唆に富んだ内容であった。

私たちUni-Tableは、東北大震災から約3ヶ月経った6月21日、東京大学 サステイナビリティ学連携研究機構 地球持続戦略研究イニシアティブ統括ディレクター 住明正教授にインタビューを行った。

震災をどう捉えるべきか、また、震災後私たちがどう生きるべきかという内容に関して、多角的な視点から、示唆に富んだコメントを頂くことができたので、紹介したい。




$Uni-Table@東大



①まず、先生が研究していらっしゃる「サステイナビリティ」の重要性について教えてください。

元々、サステイナビリティというのは、資源やエネルギーには限界があるから、エネルギーや資源を有効に利用して、長続きするような社会の仕組みを考えましょうということで研究されてきた。確かにそれは重要だが、サステイナビリティの問題は、最終的には「どういう生活が人間にとって幸せなのか」という価値観の問題に帰着する。

サステイナビリティを研究してきて感じることは、「人は一人で幸せになり得るのか」という問題だ。例えば、無限の体験を可能にする完全バーチャルな世界での生活は、果たして幸せなのだろうか。結局、人と一緒に生きる時に生じる、人間の感情の「多様性」とどう向き合っていくかという問題が、人間の「幸せ」を考える上ですごく重要になってくると思う。

物質的に発展途上の現場では「幸せ」へのアプローチはわかりやすい。しかし、日本のような物質的に成熟した社会においては、「より多くの人がより幸せに生きられる社会」のために何が必要なのか、答えはまだ出ていない。これからの時代、私たちは、この「生きることの意味」に関するテーマを真剣に問うていく必要がある。



②今回の震災及び震災後の対応に対してどのようなお考えをお持ちですか。

あの程度の規模の地震がくれば、それ相応の被害になることは明らかだった。「想定外」ではなく、「考えたくはなかった」ということだったのだろう。例えば、昔の江戸の家は20年に一回火事で焼けることを想定して造られていたという話がある。物は永続すると考えるか、あるいは壊れるのが前提だと考えるか、という社会の考え方の問題がある。

一方、目先のことを考える人間個人の時間スケールでは、1000年単位に来る自然現象の時間スケールを捉えることは難しい。今回のような稀にしか起きない自然現象に対する対策にどれだけの財源を投入するべきかという問題も、今後の検討課題だろう。

震災後の対応を巡って、テキパキと行動しない政治状況に愛想を尽かし、政治を軽視した風潮がより強まったようにみえる。しかし、どういう法律でどのようにお金を使うかを決定するのは政治の役目であり、ましてや日本のような莫大なお金が動く国において、しっかりとした法制度と行政機構及びそれを整備する政治の役割は大変重要である。マスコミを含めて、役人バッシングに見られる憂さ晴らし的な発言は控えるべきだ。ただ好きなことを言っているだけでは、真剣に考えようとする国全体のモティベーションを落としかねない。

復興に向けて、社会全体を包括する枠組みをしっかりと考える必要がある。個別にパッチワーク的に対応することも必要だが、やはり場当たり的になってしまうだろう。長期的な視点から、皆が満足できるような持続的な仕組みをつくる必要がある。その点でも、適切な法制度づくりはとても重要だ。




$Uni-Table@東大


③震災を通して、「科学」に対する信頼が損なわれてしまったという見方がありますが、「科学」の役割についてどのようなお考えをお持ちですか。

今回の震災で科学の信頼が揺らいだとは思っていない。ただ科学を信頼しすぎて、楽天的に構えすぎていただけだと思う。みんなが期待しているのは科学の万能性だが、科学は、人間の理解にとって都合のいい条件の下で解を求める、ということをしがちである。つまり、問題をシンプルに定義して、本質を掴もうという営みだ。しかし、実際の現象には本質以外の様々な細かい条件が影響してくる。科学はそれらノイズとして、本質とは関係ないものとして、切り落として考えるが、本当に本質と関係ないものだとは決して言い切れない。

 物理学は、シンプルで論理的な部分に特化して発展してきたが、物理学の理論を用いて予測できる現象にも限界があることがわかってきた。例えば、建物の強度計算においても、実際はそう理論どおりにうまくはいかないだろうという自然に対する人間の本能的な恐れみたいなものがあって、非論理的な安全係数をかけて安全側に見積もることは今までずっとされてきた。したがって、いわゆる科学という論理的な枠組みは、実際に起こる複雑な自然現象、社会現象を扱う上では、完全ではないという自覚が必要だ。



④最近よく「分野横断」、「学術融合」が叫ばれていますが、何故必要なのでしょうか。

今日、従来になかったような新しい問題がどんどんと生まれてきている。しかしながら、今までのように、ある例題を勉強して、それを応用すれば終わりという時代は終わった。これらの問題にうまく対処するには、結局のところ分野横断的に様々な知識を動員し、それらを組み合わせるような創造性が必要なのではないだろうか。つまり、いろんな知識を結集し、全く新しいコンセプト創出するような力のことだ。

例えば、イベントのプロデュースもその一つだ。ある目的のために、いろんなものを組み合わせて、何を創り出すのかを考えられる力のことだ。その時に、観客がいることを忘れてはならない。すなわち、ある種の企てがあったときに、自分なりにイメージし、何が足らないかを考えながら、具体的に人を動かしていく力である。

このように、これからの日本に明らかに必要になってくるのは、全体を見通した上で、入り口から出口までの全体像をコーディネートする能力だ。日本には、各分野に秀でた企業がたくさんあるが、個別的な動きに終わることが多かった。しかし、今後グローバルマーケットで売り込んでいくには、各パーツを組み合わせて、入口から出口までコーディネートするような全体的なもの捉え方・関わり方が必要となってくる。



⑤これからの時代を担う若者に向けて、メッセージをお願いします。

 これからの時代を担うリーダーには人間的魅力、つまり男も女も惚れるような度胸が必要だと思う。専門的知識は持っているに越したことはないが、リーダーにはそれを実行に移し、人を動かすための人間的魅力がなければならない。人に共感を与えるような人間的な魅力は、いつの時代も変わらないものである。

もし必要な知識がわからなければ、他の人に聞けば良い。東大生として、そのような器量・度量を身につけてほしい。そのためには場数を増やし、人付き合いや生活のあらゆることを生かす試みが大切だろう。

さらに、俯瞰的な視野を身につけるためには、学生時代の人脈が大事になってくる。自分とは異なる分野の情報を、大学や高校の同級生から容易に得ることができるからだ。このような学生時代のネットワークは大切にすべきである。



$Uni-Table@東大


【インタビュー後感想】

○ 「モデル」自体に価値をおくのではなく、「モデル」と「ノイズ」との差分に本質を見ようとされるお考えが非常に印象的だった。多様な「ノイズ」を受容しうる器こそが、これからの社会に求められる資質なのかもしれない。 (渡邊)

○ 先生がおっしゃった、地球のサステナビリティーを考えることは、結局「どういう生活が人間にとって幸せなのか」という価値観の問題に帰着する。というお話が印象的だった。

私たちは、普段の生活の中で地球レベルで起こる現象を考えることは少ない。また何十年、何百年後の未来を想像して生活することもそれほどない。今回の震災は、私たちの日常生活における時間と空間の捉え方にも問題を投げかけたのではないだろうか?

私たちが、この地球、そして人類に何を残していけるのかを真剣に考えること、それは私たちの今、ここの「幸せ」と決して無関係ではない。人類の普遍的「幸せ」があってこそ、私たち個人個人の多様的「幸せ」にも価値がある。様々な多様性を俯瞰し包容できる普遍性を獲得することは、多様性に満ちた世界に生きる私たちの使命だ。学術融合も、つまるところ、普遍的「幸せ」を探求しようとする人類の意志の表れだと思う。(木田)

○ 以前からサステイナビリティの考えには興味があったが、環境保全のイメージが強く、新たなものを創造するという世界とは少し距離を置いた感覚があった。しかし、今回実際にお話を聞かせて頂き、サステイナビリティ学が学問融合を図りながら、新たな価値を創造しようとする熱意にあふれた学問であることが理解できた。特に、プロデューサー(監督)のように様々な学問をコーディネートする力が必要というお話は印象的だった。

今回の東日本大震災は、人々の価値観さえも変えてしまう大きな出来事だった。それ故に、「より多くの人がより幸せに生きられる社会」を考えるサステイナビリティ学の果たす役割は、今後ますます大きなものとなるだろう。

それとともに、いつかは風化してしまう「モノ」や流動的な行政に対して人間が永続性を願うという矛盾を、今後克服しなくてはならないと考えさせられた。これからも、私たち一人一人が自立した市民として的確な判断や行動がとれるよう、正確な情報源としての学問のあり方が問われているように思う。  (吉田)



【Uni-Table 活動理念】

1、未曾有の大震災がつきつけたもの

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、私たち日本人に多くの課題を突きつけた。支援物資の滞り、市場経済の混乱、行政執行の遅々、原発事故など、人智をこえる自然災害の中で、現代の社会システムの脆弱性・虚構性を露呈した。この被災地の現状こそが今の日本の実態を象徴しているようにみえる。

今なお懸命な復旧活動が続けられているが、被害の全貌は把握されたとは言えず、未曾有の大震災は想像以上に深い爪痕を残した。復旧・復興 に向けた努力が、行政・民間企業・個人などあらゆるレベルでなされているが、被災地が完全な復興を遂げるまで数十年を要すると言われている。



2、「3度目の奇跡」を起こすために

 わが国は、わずか150年の間に2度の国家的危機を乗り越えた。明治維新、戦後復興。これら世界史上まれに見る「奇跡」は、欧米の進出あるいは敗戦といった国難の中、国民全体が危機意識を共有し、復興・発展という同一の目標に向かってただひたすら前進することで成し遂げられた。 その結果、わが国はモノづくりに秀でた技術大国としての地位を確立し、豊かな物資に恵まれるばかりでなく、途上国に対しても積極的に援助を施す代表的な支援国家として知られるようになった。

 しかし一方で、戦後の苦労を知らない若い世代においては、伝統・歴史さらには日本人としてのアイデンティティは軽視され、結果として文化的価値の低い無味乾燥な経済大国となってしまったようにも見える。そんな中で起こった今回の大震災を機に、これまで私的な満足ばかりを追い求めてきた日本の若者が、公の意識を持って国・社会を語り、行動していく転換点を迎えているのではないだろうか。

実際に、被災地の現状を他人事とせず明日は我が身という意識をもって、残された日本人に何ができるのかと、日本の輝きを取り戻そうと真剣に考える若者が増えた事は希望的である。真の復興にむけて、この惨状を目の当たりにした私たちがまさに「3度目の奇跡」を起こす担い手となるべきだろう。



3、東京大学の使命

 このような国家的危機に総力を挙げて立ち向かうには、復興への道筋を明確に示し国民をまとめあげていく指導者的存在が必要不可欠である。しかし一言で復興といっても、カバーしなければならない領域は広範囲にわたる。原発を含めたエネルギー政策や、災害リスクを踏まえた町・国づくり、国際的な支援供給システムの法制度化などはもちろん、被災者のメンタルケアや生死そのものに対する意識観念に至るまで、迅速な対応そして大きな変革を迫られる分野は非常に多く存在する。さらにこれらの問題は極めて複雑で、断片的な情報から下す判断はどうしてもその場しのぎのものとなってしまう。

 恒久的な「真の復興」を目指す大きなカギを握るのは、研究者・専門家による舵取りではないだろうか。専門的見識からの考察によって初めて、現状や即物的利益に捉われない頑健なビジョンを提示することができるだろう。そしてその役割を率先して果たすべきは、日本の英知を結集したこの東京大学だろう。今こそ、「世界を担う知の拠点」(濱田総長寄稿、日経新聞、2011年4月24日)の真価を発揮する時ではないか。




4、「真の復興」を切り口に、復興像・国家像それを担う人生像を伝える

 そのような役割を自覚したときに、震災復興に向けた先進的な学術とその動向をよりわかりやすい形で社会へ「発信する」役割の必要性を感じる。学術が高度に進歩し、また細分化された今日においては、その先進的な学術分野が現実社会にどのように関わり、また貢献しているかを理解することは容易ではないだろう。しかし、先進的な学術分野とその動向について社会に対して適切に発信されなければ、濱田総長の指摘するように社会の「科学に対する曖昧な信頼と裏腹になった曖昧な不信」(平成23年度東大大学院入学式辞)といった事態に陥ってしまうのではないだろうか。

今回の震災では、これまで効率的・安定的なエネルギー源として信じられてきた電力が遮断されたことで過度な混乱を招いたことや、原発事故の収集状況や放射性物質に関する適切な情報伝達がなされず、根拠のない風評被害が拡大したのも、社会の科学に対する曖昧な「信頼」と「不信」を象徴していたように思う。

 このような問題意識から、Uni-Tableは東大の先進的な研究と社会をつなぐ媒介役となり、今後日本の行くべき方向性を多様な観点から伝える担い手となることを目指すに至った。既に、研究室あるいは研究部会で独自の媒体を通じて、震災復興に関連した情報を発信しているかもしれないが、「真の復興」を統一的な切り口として、多様な学術分野における研究者・専門家の提言を伺い、社会に向けて発信することは、非常に価値のある試みではないかと思う。

 Uni-Tableでは、東大で活躍する研究者・専門家が震災復興にどのように貢献し、またどのような社会像・国家像を思い描いているかをより多くの人々に知ってもらうことで、日本の行くべき方向性を考え、議論するきっかけを提供できればと思う。ひいては、専門性を社会に活かすという専門家・研究者のような人生の貴さ・素晴らしさをも伝える事ができれば幸いである。以上を踏まえ、私たちの活動目的と活動内容を以下にまとめた。



【活動目的】
◎ 震災復興に向けた各学術分野の動向を横断的に把握する。
◎ それらの知見を被災地の復興、さらには日本の国づくりにいかに役立たせるかを議論し、理想的な国家像・社会像を伝える。
◎ 同時に、専門家が社会に果す役割を再評価し、自らの専門性を活かして社会に貢献する人生像を伝える。


【活動内容】
◎ 「真の復興」をテーマとして、学内で活動する研究者へのインタビューを行う。
◎ 公開討論会(フォーラム)を行い、異分野間の学術交流の場を提供する。
◎ 以上の活動から得られた結果をWeb上で社会に発信する。
 (Uni-Tableブログ:http://ameblo.jp/glory2013)



5、補記

 メンバーの数人は実際に東北地方にボランティアとして参加し、現地の惨状を目の当たりにした。そこで感じたのは人々同士の愛の貴さであった。これを確認したうえで、私たち東大大学院生の立場から何か継続して震災の復興に向けた取り組みはできないかという思いから、この活動がスタートした。議論を重ねた結果、結論として得られたのは、今回の震災を日本社会の反省と今後行くべき方向性を議論する良いチャンスとして捉えるということ、そして学術世界と社会との距離をもっと近くするということ、この2点にUni-Tableが持つ大きな可能性があるのではないかということだった。

 上記の活動が、より多くの人たちにとって理想的な国・社会とは何かを語るきっかけになればと思うし、特に今後の進路を考える若者に、自らの専門性を社会に活かすということの尊さ・素晴らしさを伝えることができれば幸いである。研究者としてまだまだ未熟な私達ではあるけれども、「災後」の世代として何らかの形で日本の将来に貢献できればと思う。



【運営メンバー】
木田 智士 医学系研究科 生体物理医学専攻 博士課程2年
渡邊 史郎 工学系研究科 建築学専攻 博士課程1年
堀 佐知子 新領域創成科学研究科 国際協力学専攻 博士課程1年
久井 情在 総合文化研究科 広域科学専攻 修士課程1年
山崎 真宏 総合文化研究科 広域科学専攻 修士課程1年
吉田 翔  工学系研究科 化学システム工学専攻 修士課程1年
廣瀬 満仁 工学部 建築学科 4年 (大学院情報学環教育部研究生)